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山梨県、甲府駅前にて。 その1

山梨県、甲府市の駅前にやって参りました!
少し遠かったかな?関越から圏央道、
中央道を使って3時間弱です。

宝石の街なんですか、甲府って?!
知らなかったなー。

山梨県、甲府駅前にて。 その2

こちらの駅前には「武田信玄」さんの
銅像がいらっしゃいまする。。。

人気の戦国武将さんですねー。


=== 案内板より ===
武田信玄
武田信玄は、大永元年(1521)11月3日甲斐守護信虎の嫡男として生まれた。
幼名を太郎といい、天文5年(1536)で元服、
将軍足利義晴の一字をもらって信晴と名乗る。
入道して信玄を称するのは、永禄2年(1559)頃からである。

天文10年(1541)、父信虎を駿河国へ追って甲斐の領主となった信玄は、
躑躅ヶ崎館を拠点として近隣に勢力をのばしていく。
その最大領域は、本国甲斐を始めとして、駿河一円、信濃の大半、
上野・遠江・三河の各数部さらに美濃・飛騨・越中の一部に及んだ。
この広大な領域の形成は、駿河の今川氏、相模の北条氏、越後の上杉氏などの
戦国大名との抗争を通じてなされたものであるが、
数ある戦いの中で、特に天文22年(1553)から永禄7年(1564)にかけて
前後5回の対戦があった 上杉謙信との川中島の戦いは著名である。

山梨県、甲府駅前にて。 その3

信玄は、民政の上でも多くの実績を残している。
領国経営の拠点としての城下町〝甲府〟の整備、
寄親・寄子制による 家臣団の編成、「甲斐法度之次第」(信玄家法ともいう)の制定、
信玄堤の築造などの治水事業、黒川金山(塩山市)などの金山の開発と甲州金の鋳造、
甲州桝の制定、棒道の建設などの道路・伝馬制度の整備、等といった
各方面にわたる 幅広い活動によって富国強兵を図かった。
その多くは、今も信玄の偉業として人々に語り伝えられている。

山梨県、甲府駅前にて。 その4

元亀3年(1572)10月3日、信玄は最後の征途についた。
12月22日には遠江の三方ヶ原で徳川家康を破り、士気多いに上がったが、
病すでに重く、翌年4月12日帰国途中の信州駒場(下伊奈郡阿智村)で死去した。
時に53才。塩山市の恵林寺と甲州市岩窪町に墓が残る。
云々。。。

山梨県、甲府駅前にて。 その5

甲府市デス。

すでに夜も遅く、お店も閉まっちゃってるなー。
というわけで、目の前にある大手チェーン居酒屋さんへGO→


生ビールの中ジョッキと、
「ずわい蟹 真丈の甲羅焼」。


山梨県、甲府駅前にて。 その6

そして、芋焼酎「黒霧島」のお湯割りをいただきながら、
「豚とろ 炭火炙り焼」。
ゆず胡椒をたっぷりつけて。。。

山梨県、甲府駅前にて。 その7

「豚しそ巻串」。

山梨県、甲府駅前にて。 その8

「きんめ鯛 焼霜造里」。

山梨県、甲府駅前にて。 その9

「豆腐しゅうまい」。

今夜は、(と言ってもすでに午前様。。。)
こんな感じの晩酌であります。
遅くまで開いているチェーン居酒屋さんて
ウレシイですよねー。


初上陸の甲府であります。。。



甲府駅「武田信玄像」はこちら。

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