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上田市、別所温泉にある「安楽寺」さんです。
上田ってお寺さん多いなぁ。
今回ここで3つ目デス。

さぁ、国宝の「八角三重塔」を観るぞーっ!

安楽寺 八角三重塔 ★長野県上田市 1

お堂よりずいぶんと手前に門があります。
広い境内なんですねー。


=== 案内板より ===
黒門
この門を黒門と呼びここが安楽寺境内の入口にあたる。
扁額は崇福山(そうふくざん)と読み安楽寺の山号である。
寛政4年(1792年江戸時代)安楽寺13世南沖仏鯤和尚の代に建てられた。

寺院には各寺号の外に山号があり寺域全体がこれにあたる。
山号は、古くは市街地を離れた山の中に寺が建てられたのが初めとされている。
云々。。。

安楽寺 八角三重塔 ★長野県上田市 2

しばらく歩き、
「山門」が現れました。
石段を上り。。。

安楽寺 八角三重塔 ★長野県上田市 3

門をくぐると、正面に「本堂」。
右に見えるのが「鐘楼」、左に「十六羅漢堂」があります。


===
崇福山 安楽寺
安楽寺は天長年間(824~834)に開かれたと伝えられる寺で、
鎌倉時代中期には鎌倉北条氏の外護により禅寺として栄え、
多くの学僧を育てていた。
しかし北条氏滅亡(1333)後は、寺運も傾いて正確な資料も残らないが、
国宝・重要文化財等数多くの文化遺産を蔵して、
信州最古の禅寺のおもかげを残している。
云々。。。

安楽寺 八角三重塔 ★長野県上田市 4

「坐禅堂」。

安楽寺 八角三重塔 ★長野県上田市 6

山腹にある八角堂までは、本堂の裏を上って行きます。

安楽寺 八角三重塔 ★長野県上田市 5

途中、「経蔵」、安楽寺を開いた樵谷惟仙(しょうこくいせん)和尚、
安楽寺二世・幼牛恵仁(ようぎゅうえにん)和尚の木造が安置されている「傳芳堂」があり、
こちらはお地蔵さんです。。。

安楽寺 八角三重塔 ★長野県上田市 7



安楽寺 八角三重塔 ★長野県上田市 8

おおっ!
いよいよ。。。。


安楽寺 八角三重塔 ★長野県上田市 9

どぉーんっ。
これだぁ。

安楽寺 八角三重塔 ★長野県上田市 10

う~んん。。。

安楽寺 八角三重塔 ★長野県上田市 11

すごく綺麗だぁ。。。

安楽寺 八角三重塔 ★長野県上田市 12

===
国宝八角三重塔
この塔は一見、四重の塔に見えるが、
昭和27年長野県最初の国宝として指定された折り、
初重の屋根はひさしに相当する「裳階・もこし」であるという見解で
裳階付き八角三重塔として認定された。

安楽寺 八角三重塔 ★長野県上田市 13

建立年代については詳らかではないが、
安楽寺が鎌倉北条氏の外護によって栄えた寺で、
開山樵谷惟仙禅師(しょうこくいせんぜんじ)が入宋僧、
2世幼牛恵仁禅師(ようぎゅうえにんぜんじ)が中国よりの帰化僧として住職していた頃、
また当地に守護として信州一円に威を張った塩田北条氏が館を構えていた
鎌倉時代末期(1277~1333)意外に考えられないというのが
定説になっている。

安楽寺 八角三重塔 ★長野県上田市 14

塔は本来、仏舎利(釈迦の遺骨)を奉安したものだが、
中世以後は特定の人物や戦死者の供養のために建てられた例が多く、
恐らくこの塔も北条氏の供養塔として建てられたものと考えられる。

建築様式は当時、中国宋代の先進技術であった唐様(からよう・禅宗様)を用い、
扇垂木・弓形連子・詰組など、和様の塔とは違った重厚な佇まいを見せている。

安楽寺 八角三重塔 ★長野県上田市 15

八角塔は奈良・京都などに記録として残されているが、
それらが失われた今日、我が国に残された唯一の八角塔であり、
禅宗寺院に残る塔としても極めて貴重な遺構である。
云々。。。


日本にただひとつの八角塔ぉ!!
昔の日本はこんな建物がたくさん建ってたのかなー?
とても美しい風景でした♪
冬が来る前に、早く書かなくちゃっ(汗、汗。。。



以前の記事はこちらから。
上田市にて、お寺さん巡り、その6  上田市別所温泉★北向観音堂

安楽寺
@長野県上田市別所温泉

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