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長野県北佐久郡立科町にある「大庭遺跡」です。
畑の中にポツンとあります。
遠方に浅間山が見えますよー。

大庭遺跡 立科町 1

=== 案内板より ===
大庭遺跡(おおにわいせき)
この遺跡は、芦田川の氾濫源である沖積地に形成された
縄文時代、古墳時代、奈良時代、平安時代にわたる
複合遺跡である。

調査により検出された遺構は、
*縄文時代前期中葉・後期初頭(約6500年~4000年位前)
竪穴式住居址---17棟
墓壙(ぼこう・墓)---85基

*古墳時代末(約1400年位前)~奈良・平安時代(約1200年位前)
住居址---18棟

*掘立柱建物址---1棟

大庭遺跡 立科町 2

特徴は各時代の過渡期に形成された遺跡であり、
中でも縄文時代中期~後期にかけての集落は、
南北60メートル、東西40メートルの範囲に11棟の
大型で円形・楕円型の住居が配置され、
その内側に墓壙群が巡っている典型的な環状集落遺跡である。
云々。。。

大庭遺跡 立科町 3

=== 案内板より ===
掘立柱(ほったてばしら)建物(高床式倉庫)
奈良時代末~平安時代(約1200年位前)にわたる集落遺跡内に、
1棟柱跡が検出されたものを、調査結果に基づき推定し復元したものである。
~中略~

大庭遺跡 立科町 4

律令制の確立期にあるため、租税として都に収める米、
麦、ソバ、豆類等を貯蔵したり、
自分たちの食料を備蓄するために、
集落内で共同に使っていた倉庫だったと思われる。
云々。。。


大庭遺跡 立科町 5

===
竪穴式住居
~前略~
地面を50cm程掘り込んで床面を作り、
規則的に配列した4本の柱で上屋を支えている。
規模は一辺5.3mのほぼ正方形で、
約13畳敷き(21.4㎡)の広さの住居である。

住居内には、西壁中央に作り付けのカマドがあり、
その脇に食料などを貯蔵した穴も確認されている。
壁下には周溝を巡らせ、湿気を防いでいる。

出土遺物は、大、中、小の甕、坏(つき・茶碗の一種)があり、
その他南東隅の床面からは薦(こも)編みに使用したと思われる
重しの石が26個集石していた。
云々。。。

大庭遺跡 立科町 6

ちょっと中に入ってみました~。
ほぉー。
こんな骨組みになってマス。

大庭遺跡 立科町 7

すごいなっ★
大昔の住居址ぉ~。

でも寒くなかったのかなぁ。。。



大庭遺跡
@長野県北佐久郡立科町

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