FC2ブログ
ウワサのBECCAN。ブログbeccanです。グルメ、おサケな話、チマタの話題などなど。

2019/06123456789101112131415161718192021222324252627282930312019/08

厳島神社と戸ノ口堰洞窟  ★会津若松市 7

飯盛山へ上る、こちらは「旧参道」。
「霊牛神堂」があります。

=== 案内碑より ===
当山厳島神社御祭神は会津平を守護し給かなう
弁財天におわします。
風土記にいう「永徳年間この社造作の始め
童女赤飯を牛に駄して来り役夫に振舞い
食えども盡きず のち南へ行くこと数十歩にして見えず
その地を牛ヶ墓といい、山を飯盛山とよぶ」
と さる昭和48年癸丑元旦先代山全正成神霊夢枕に現れ
「此の神を□い清めて弁天社の案内神を祀らん」と告ぐ
謹みて按ずるに霊牛神に他ならず
よって願いを立て御神体を奉じて御神徳を仰ぐものなり
云々。。。

厳島神社と戸ノ口堰洞窟  ★会津若松市 6

「子育地蔵尊」のお堂を右にみて。。。

厳島神社と戸ノ口堰洞窟  ★会津若松市 5

「厳島神社」の朱の鳥居があります。

厳島神社と戸ノ口堰洞窟  ★会津若松市 1

===
當社は宗像三女神の一にして古くから人々の信仰が厚かった、
主神は市杵島姫命である。
会津の領主芦名直盛公の時代、
石塚、石部、堂家の三家によって
社殿が建てられたるものとして時は栄徳年間のことである。

別當は正宗寺である、降って元禄13年には
会津藩主松平正容公は御神像及び土地を寄進され、
明治の初期に嚴島神社と改めたこの山を飯森山と呼ぶ、
別名の辨天山は、この神社にあやかるものである。
云々。。。


ご飯をもったような形の飯盛山も、
昔は辯天山と呼ばれていたようですネ。


厳島神社と戸ノ口堰洞窟  ★会津若松市 2

大きな「ご神木」。
見ごたえのある大木ですが、なんと
スズメバチがビュンビュン飛んでいて
ちょっと怖い感じです(汗
お気をつけください~、との張り紙がありますが。。。

厳島神社と戸ノ口堰洞窟  ★会津若松市 3

厳島神社の左手にはポッカリと穴のあいた、
戸ノ口堰があります。

===
戸ノ口堰洞穴
今から約400年前元和年間
猪苗代湖の水を会津地方に引くため
郷士八田氏が起工し、元禄年間まで工事が続けられ
後天保3年会津藩士佐藤豊助が藩命により
飯盛山の山腹約150mを人工的に穴をあけ、
水田2500ヘクタールの灌□に供し使役人夫5万5千人と
3ヶ年の歳月を費して遂に完成した。

白虎隊士中2番隊は戸ノ口原に布陣している
味方軍応援のため派遣されたが戦に利あらず、
お城の安否を確かめようと帰城の途中隊士20名が通過した洞穴である。
云々。。。

厳島神社と戸ノ口堰洞窟  ★会津若松市 4

戸ノ口堰洞穴の手前、「戸ノ口堰水神社」。


近くにはさざえ堂があったり、
神仏習合の名残が残っている飯盛山。
辨天山の厳島神社です。。。



以前の記事はこちらから。
白虎隊士の墓、自刃の地を訪ねました。  ★会津若松市

厳島神社
@福島県会津若松市一箕町

コメント
この記事へのコメント
コメントを投稿する
URL:
Comment:
Pass:
秘密: 管理者にだけ表示を許可する