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大内宿 南会津 1

南会津、下郷町にある「大内宿」。
★重要伝統的建造物群保存地区★に指定されている
あまりにも有名な観光名所です。

すんごい有名な場所にもかかわらず
最近まで知らなかったのです、私。。。
ハズカシ(汗

平日にもかかわらず、パーキングにたどり着くまでが
至難の業っ!
渋滞してますねー。さすがに人気です!

大内宿 南会津 4

大内宿に入ると、まずまず目に飛び込んでくるのは
茅葺のブ厚い屋根、屋根!屋根★

重厚感のある屋根がずらりと並び
とても迫力があります♪

大内宿 南会津 2

おぅっと!
こんなところに突然「鳥居」が現れました。
ここからが「高倉神社」の入り口になるようです。
ヒジョーに気になりますが、今回は
時間もないので(汗、神社の参拝は諦め。。。

大内宿 南会津 3

この大内宿の風景を堪能します。。。

大内宿 南会津 4



大内宿 南会津 5

たくさんの観光客の方たちが、まるで当時の風景、
栄えていた頃の大内宿を彷彿させてくれます♪

大内宿 南会津 6

=== 案内板より ===
大内宿本陣跡
大内宿の本陣は会津と奥州街道を結ぶ
会津西街道の拠点のひとつとして江戸時代の初期に
建てられ会津藩の初代藩主・保科正之、二代藩主・正経が
江戸参勤のためこの街道を利用し、
ここで昼食をとったという記録が残っている。

この時の行列の総人数は約600人で、
宿場内はたいへんなにぎわいであっとゆう。

大内宿 南会津 7

ところで、大内宿は戊辰戦争の舞台となったことから、
本陣に関する記録、図面等が散失しいまだ発見されていない。
このため同じ街道の糸沢宿・川島宿の本陣を参考に設計し
復元されたものである。

本陣には殿様専用の玄関(乗りこみ)・上段の間・
風呂・雪隠があり茅屋根のどっしりとした風格とともに
当時の面影を色濃く再現している。
云々。。。


大内宿 南会津 8

=== 案内板より ===
重要伝統的建造物群保存地区
大内宿は会津若松と日光・今市を結ぶ南山通り
(会津西街道)の宿駅の一つである。

この南山通りは、会津藩が江戸時代初期に
会津と江戸を結ぶ幹線道路の一つとして整備したもので、
廻米などの物資の輸送で栄え、会津藩主も参勤交代の際に
この道を利用するなど重要な街道であった。

大内宿 南会津 9

大内宿が宿駅として整えられたのは、
17世紀中頃と推定され、
本陣・脇本陣がおかれた。

大内宿 南会津 11

保存地区は旧街道に沿った旧街道を中心とする
南北約500メートル、東西約200メートルの範囲である。

本地区の町並の特徴は寄棟造の建物が道路と直角に
整然と並べられていることである。
主屋は道路から空地を設けて敷地の北側に後退して建ち、
南は余地をおいて奥の土間入口への通路となっており、
倉や納屋は主屋の奥に建つ。

大内宿 南会津 13

主屋の多くは江戸時代後期から明治にかけて
建築されたもので、道路側に半間幅の縁をつけ、
その奥の2室を座敷としている。

大内宿 南会津 10

道路の中央には広い溝が設けられ、宿場の用水路として
利用されたが、明治19年になって埋めたてられ
道路の両側に側溝が掘られ洗い場を設けるなどの
変遷があった。

大内宿 南会津 12

この町並みは、会津及びその周辺地域にみられた
この地方の宿場形態の典型的なもので、
その多くが失われた今日もなお往時の姿をよく残している。
また、周囲の社寺や自然環境とも一体となって
優れた歴史的景観を今に伝えている。
云々。。。

大内宿 南会津 14



大内宿 南会津 15

すばらしい景観がありました。
季節によっていろいろな表情を見せるんだろうなー。
オススメの観光スポットです、大内宿。

また来よう、大内宿。。。



以前の記事はこちらから。
「へっつり」ってなぁに?  南会津郡下郷町★塔のへつり

大内宿
@福島県南会津郡下郷町

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