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ウワサのBECCAN。ブログbeccanです。グルメ、おサケな話、チマタの話題などなど。

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吉見百穴 7

ナニゲに地図などを見ていて、
「百穴?なんだこりゃ???。。。」

と、思い立ったら吉日です!
埼玉県の吉見町にある「吉見百穴」にやって参りました★

吉見百穴 2

すごいなー。
穴凹だらけ。。。
へんなのー。

でも国の史跡に指定されています!

吉見百穴 3

そしてここ吉見百穴には第2次世界大戦の
「地下軍需工場跡」があります。


=== リーフレットより ===
構内の巨大洞窟は、第2次世界大戦の末期、昭和20年初頭から
8月に至る間地下軍需工場用に掘られたもので、
左右約500メートルに亘り山腹に掘られた一部であります。

吉見百穴 4

この戦争の末期に日本各地の軍需施設は、アメリカ軍の
B29爆撃機により大きな損害をうけました。
この危機に当時わが国で最大といわれた中島飛行機株式会社
(現在の富士重工)でもその大宮工場エンジン製造部門の
全施設をこの地下に移転することになりました。
云々。。。

吉見百穴 5

昼夜を通した突貫工事で堀り進められたトンネルらしいですが、
すごいこと考えるものですね。

ヒンヤリとした施設跡内。
足元は結構凸凹してます。

吉見百穴 8

===
「百穴」の名が文献に見られるのは、今から
約200年前からで、江戸時代の中頃には「百穴」の呼び名も生まれ
不思議な穴として興味をもたれていたと思われます。
~中略~

明治20年、坪井正五郎氏(1863~1913 当時東京大学院生)によって
大発掘が行われ人骨、玉類、金属器、土器類が出土しました。
坪井氏はこの横穴を土蜘蛛人(コロボックル人)の住居として
作られたものであると発表しました。

吉見百穴 1

しかし、大正時代になると考古学の発達によって
各地で横穴の発見、発掘がなされ出土品や横穴の構造から
この横穴は、古墳時代の後期に死者を埋葬する墓穴として
作られたものであることが明らかにされ
「住居説」は、くつがえされることとなりました。
云々。。。

吉見百穴 9

コロボックル人?!
明治になっても、コロボックルが実在していたと
考えられていたことにビックリ。
ちょっと驚きました。

吉見百穴 6

軍需工場の跡があり、古代の墓穴がたくさんある中で、
百穴のひとつに、天然記念物の「ヒカリゴケ」が生えていたのが
すごく印象的でした。


吉見百穴
@埼玉県比企郡吉見町


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コメント
この記事へのコメント
はじめまして!
ミルクといいます。
beccanさんのブログ楽しみに見させてもらってます。
時々同じ場所に行ってたりして
「お!ニアミス!」な時もあるみたいなんです(●´艸`)

龍飛もbeccanさんのブログで知って行ってみました。
そしたら知人の妹さんご夫婦がやってるお店だったんですよ♪

あ、事後報告ですが
八つ場ダムの記事を勝手に拝借させてもらいました。
2009/10/03(土) 02:25 | URL | ミルク #-[ 編集]
ミルク さま☆
はじめまして!
かなりのニアミスかも知れませんねー(笑
龍飛のお刺身が美味しくて時々お邪魔してます。
お知り合いだったのですねー。

工事現場の記事にリンクしていただき
ありがとうございます!
また気軽に遊びに来てください☆
2009/10/03(土) 08:21 | URL | BECCAN #-[ 編集]
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