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ウワサのBECCAN。ブログbeccanです。グルメ、おサケな話、チマタの話題などなど。

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笠石神社 那須国造碑 大田原市 1

大田原市にある「笠石神社」にやって参りました!
この神社にはなんとっ!
「那須国造碑・なすのくにのみやつこのひ」という石碑があるんです。
国宝に指定されている石碑ですよーっ。
すごいなっ★

笠石神社 那須国造碑 大田原市 2

そのままですと拝観できないですから、
社務所の方へ行って希望を申し込みます。

笠石神社 那須国造碑 大田原市 3

神主さんが資料をまじえながら、
丁寧に説明してくれます♪
べんきょー、なるなぁ。
30分以上、じっくりと、です。

「ご覧になりますか?」
もちろんです!そのために来たのですっ!

笠石神社 那須国造碑 大田原市 6

神社の一番奥。
石碑は、このお堂の中に安置されています。
あの国宝がいよいよ目の前に!

笠石神社 那須国造碑 大田原市 4

「あ~。国宝ですからねー。写真は撮れないんですよ~。」
な、なんと!ヒジョーに残念ですが、仕方ないですねー。
しかししかし、ゆっくりと拝観させていただきました★
石碑が安置されているこのお堂は、
あの徳川光圀さんが建立したものだと神主さんがおっしゃってました。

せっかくの「国宝 那須国造碑」。こちらのページでご覧になってください。
国宝 那須国造碑(なすのくにのみやつこのひ)


=== 案内板より ===
那須国造碑(なすのくにのみやつこのひ) 国宝
この碑は、今から約1300年前(西暦700年)、那須国造であった
那須直韋提(なすのあたいいで)の遺徳をたたえるため、
その息子意斯麻呂(おしまろ)等によって建立された碑です。
文字の刻まれた碑の上に笠状の石を載せた特異な形をしていることから、
この地域では「笠石さま」とも呼ばれています。

碑には、8行に各19字ずつの計152字が刻まれており、
その書体には中国の六朝時代の書風が感じられます。
また、碑文冒頭には「永唱」という唐の則天武后の時代に
使用された年号が用いられているなど、その当時に朝鮮半島の
新羅から渡来してきた人々の影響が色濃く残されています。

笠石神社 那須国造碑 大田原市 5

この碑の保存には、江戸時代の水戸藩主、徳川光圀も関わっています。
長い間倒れ埋もれていたこの碑を、旅の僧が発見し、
馬頭村小口郷(現馬頭町)の里正、大金重貞に話したところ、
やがてその地域を領地としていた徳川光圀のもとへ
この碑の話が伝えられました。
そして、この碑が貴重なものであることがわかったことから、
元禄4年(1691)碑堂を建立して、碑を安置しました。
これが現在の笠石神社となっています。

なお、多賀城碑(宮城県)・多胡碑(群馬県)とともに
日本三古碑として知られています。
云々。。。

なんとなく不思議な雰囲気の神社さんでした。
また来よう、笠石神社。。。


以前の石碑はこちらから。
多胡碑 tago-hi  ★群馬県吉井町

笠石神社
@栃木県大田原市

笠石神社
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