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館林城址 土門橋 1

=== 案内板より ===
館林城は、「城沼」を自然の要害とした平城で、
別名を「尾曳城・おびきじょう」という。
その形態は、城沼を城の東側の外堀とし、
この沼に突出する低台地を区切って、城の中心である
本丸、二の丸、三の丸、八幡郭、南郭を置き、
これを取り囲むように、稲荷郭、外郭、惣曲輪を構え、
さらにその西方の大地に「城下町」を配置し、
そのすべてを土塁と堀によって囲んでいた。

館林城址 土門橋 2

築城時期や築城者については、江戸時代になって書かれたものの中に、
「赤井照光」によって築かれたとするものがあり、
「狐の尾曳伝説」と相まって広く知られているが、
実際には、築城時期や築城者を明確にした築城当時の記録は、
現在まで発見されていない。

館林城址 土門橋 4

現在確認されている「館林城」について書かれた最古の古文書は、
文明3年(1471)に上杉軍が、「赤井文六、文三」の居城である
「立林(館林)城」を攻略したという記録である。
~中略~

館林城址 土門橋 3

土橋門は、城の中心(三の丸)への出入口の一つで
在城当時は、正門の「千貫門」に対し、
通用門として使用されたものである。

この土橋門は、昭和57年に発掘調査の結果をもとに復元したもので、
事前の発掘調査により三基の門の基礎と二基の井戸が発見されている。
また、門とあわせて周辺に残る土塁は、
三の丸の周りを囲う土塁で、江戸時代からのものである。
云々。。。


以前の記事はこちらから。
歴史の小径にある風景 その5 「長屋門」と「武鷹館」  ★館林市

館林城址 土橋門
@群馬県館林市城町

館林城址 土橋門
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