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笠間市の笠間稲荷神社 1

日本三大稲荷のひとつに数えられる「笠間稲荷神社」です。
その名の通り、笠間市にあります。
第36代・孝徳天皇の御代、
白雉(はくち)2年(651年)に創建されたと云われる、
1350余年の歴史を持つ神社さんです。

三つの鳥居がお出迎え。。。
境内にある案内に「鳥居」についての記述がありました♪


=== 案内板より ===
「神社における鳥居とは」
神社の鳥居とは、「神域を表微する神門」であり、ここから先が
神聖な神域であることを示しています。
鳥居の起源、原型については諸説ありますが、
語源は、願い事が「神様に通り入る」が転化したものとか、
「鶏居(とりい)」との説があります。
しかし、鳥居の本義は「鳥がとまり居る処」という意味から
来たものです。
時計のない時代、日本鶏の鳴き声は、
時を知る上で大変重要だったからです。
云々。。。


おおーっ。
大変興味深く、勉強になりますねー★

笠間市の笠間稲荷神社 8

参道の両側にある「仲見世通り」。
いろいろな売店が立ち並んでいます♪
いいですね、こういう雰囲気って。

笠間市の笠間稲荷神社 2

「手水舎」のドラゴンの彫刻。
精巧です。

笠間市の笠間稲荷神社 4

「楼門」。

笠間市の笠間稲荷神社 5

楼門、表には「随神様」。

笠間市の笠間稲荷神社 6

そして裏側には「神馬」が奉安されています。

笠間市の笠間稲荷神社 14

こちらが「拝殿」ですねー。

笠間市の笠間稲荷神社 7

紫がかった朱の色の社殿。
なかなか重厚であります。

笠間市の笠間稲荷神社 11

拝殿の後方。
国の重要文化財に指定されている「本殿」です。


=== 案内板より ===
江戸時代末期の安政・万延年間(1854~1861)の建築で、
国の重要文化財に指定されています。
屋根は入母屋造りの銅板ぶきで、総欅の権現造りです。
御本殿の柱や周囲など、いたるところに飾り彫りが施され、
緻密で精巧な技法で作られています。
云々。。。

笠間市の笠間稲荷神社 10

月読神社、白山神社、天満宮、粟島神社、それに山倉神社。
5つの末社。

笠間市の笠間稲荷神社 13

「聖徳殿」。

笠間市の笠間稲荷神社 9

「東門」。

===
江戸時代の笠間地方の多くの農家に見られた、
入母屋造りの建築様式を取り入れた総門です。
しっくい装飾の屋根瓦の建物は、方八尺の4ヶ所に区画され、
月次祭御玉璽の御幣、白と黒の木彫りの神馬が奉安されており、
周囲には崇敬者奉納の各種奉額が掲げられています。
当初は左右に随身像が奉安されていましたが、
楼門新築時に移され、総門と称されるようになりました。


迫力のある立派な額ですね~。

笠間市の笠間稲荷神社 3

「絵馬殿」。

稲荷神社ですから、境内のあちこちに
狐クンがいました~。


===
「稲荷神社と狐」
狐や馬は八幡神社の鳩、氏神様の狛犬(こまいぬ)、
熊野神社のカラスと同様に、稲荷の大神様のお使いをする霊獣です。

笠間市の笠間稲荷神社 12

その起源は明らかではありませんが、
昔、老狐が5匹の子狐を連れてきて、
稲荷の大神様のお許しを得て、崇敬者と神様の間を
取り持ったという話が伝えられています。
狛犬、鹿、鶴なども霊獣ですが、人間の持っているさまざまな欲望を、
神様に直接お伝えするのは畏れ多いこととして、
特別に選ばれた動物を通してお願いすることが
中世時代には行われたのです。

神道の原型としてみると、
山の神は春、山から降って田の神となり、
稲作の収穫を終えた秋に山へ帰って、山の神となります。
狐も農事の始まる初午ごろから収穫の終る秋まで、
人里に姿を見せていて、田の神が帰られる同じころに
狐も山へ戻ります。
このような神道の原型である田の神、山の神の信仰と、
これらの神と同じ時期に人里に姿を見せる狐の行動は、
「稲荷」と狐の関係を象徴しています。

ここに安置されている狐の石像は、石像に願いを込めて、
自分の身体の痛い部分、具合の悪い部分と同じ狐の部分をなでると、
その痛い部分、具合の悪い部分が直ると言われています。
云々。。。


ふむふむと案内板を拝見し、
勉強になったなーと、なんだか得した気分だなーと。
機会があったら又来てみたい神社さんです。


笠間稲荷神社
@茨城県笠間市笠間

笠間稲荷神社
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