ウワサのBECCAN。ブログbeccanです。グルメ、おサケな話、チマタの話題などなど。
=== 案内板より ===
当社は、孝昭天皇(人皇第5代)の御代、
神武天皇の御降誕の地に社殿の創建があったのが
当社の創紀という。
その後、再三に亘る霧島山の噴火により
社殿等炎上の災厄に遭ったが、慶長15年(1610)
現在地に社殿を建造還虚された。
その他、藩主島津氏より社殿の改築、社領の寄遭等が行われた。

太古、天皇は日向の国(宮崎県)より大和の国(奈良県)に入り、
辛酉の春(2月11日)橿原の宮に即位された。
我が国ではこの年を建国の時として紀元元年としている。

そして天皇は、民生安定を目標とし、
同胞一体、国土の開発経営に当たられた。
その治績徳望を称えて、始取天下之天皇(はつくにしらすすめらみこと)
とも申し上げている。

ここに日本国の基礎、政治の基本が定められた。
日本人は神武天皇を建国の英主と仰ぎその聖徳を忘れない。

また天皇は
127歳迄長寿であったと言われている。
云々。。。

狭野神社 宮崎県高原町 1

この辺りは初代天皇、神武天皇が誕生した地と云われ、
それにまつわるいろいろな伝承と地名が残されています。

その中のひとつ、
「狭野神社・さのじんじゃ」にやって参りました★
「別表」という特別な格のある神社さんらしいです。

狭野神社 宮崎県高原町 2

いやいや一直線にのびた見事な参道ではありますが、
ヒジョーに長いデス。
1キロ以上はあったかな。。。
がんばって歩きましょう♪

狭野神社 宮崎県高原町 3

ようやくたどり着いた「神門」。
運動不足の方にはオススメ。額にチョイ汗ですよっ。

しかししかし、この時点ですでに
只ならぬ神社さんだなぁ〜、というオーラが漂ってマス。

狭野神社 宮崎県高原町 4

神門から入り右手に。
ご神木であろう、「狭野杉」。

=== 狭野杉の由来 ===
慶長四年薩摩藩主島津義弘公、重臣新納武蔵守忠元を遣わし
当神社別当寺神徳院の住職宥淳法印と協力し植栽せるものと伝ふ。
樹齢正に四百年に垂んとす。
大正十三年国の天然記念物に指定せらる。

狭野神社 宮崎県高原町 5

で。狭野杉の前にいらっしゃいました「狛犬」君です。
なかなかに勇ましく、勇猛果敢な君だね。
しかし人間的な表情は少しユニークかも。。。

狭野神社 宮崎県高原町 6

社殿はとても重厚感があり堂々としたもの。

「外拝殿」です。
さあ、お賽銭をあげ、お参りしましょう。

狭野神社 宮崎県高原町 8

外拝殿より覗き込むと、
こちらが本来の拝殿なのかな?
うむむ。。

狭野神社 宮崎県高原町 7

建物は三棟連なっておりまして、
外拝殿、拝殿?、本殿、となっています。
「本殿」までは立ち入りが出来なくて残念!
もっと近くで拝見したかったなぁ。。。
と、気を取り直して
この神社さんの、清んだ空気を楽しむことにいたしましょう♪

狭野神社 宮崎県高原町 9

「西門守社」。
狭野神社は正面入り口となる表参道、
また、西側の西参道とあり、
それぞれに「東」、「西」と守社がありました。

なかなか味わうことの出来ない、
独特の雰囲気のある神社さんでした。
またゆっくり来てみたいなぁー。
「狭野神社」です☆


狭野神社
@宮崎県西諸県郡高原町

狭野神社
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