FC2ブログ
ウワサのBECCAN。ブログbeccanです。グルメ、おサケな話、チマタの話題などなど。

2020/02123456789101112131415161718192021222324252627282930312020/04

前田慶次供養塔。[山形県米沢市*堂森善光寺]

東北道をひとっ走り。山形県米沢市です。
福島県の安達太良SAからここまで、
栗子トンネルが開通したこともあってか、ナニゲに早かったです。

というわけでやって参りました、
堂森善光寺」でありますっ。


=== 案内板より ===
堂森善光寺
真言宗豊山派の寺院で山号は松心山。
大同2年(807)の開基、建久3年(1192)に長田将次の妹
益王姫が中興したと伝えるが、数度の火災で古記録が焼失し
由緒は定かではない。



前田慶次供養塔。[山形県米沢市*堂森善光寺]
「仁王門」。

見返り阿弥陀如来(県指定文化財)は、
益王姫を救うため振り返った姿になったという伝説が残る。
また、置賜郡の地頭・長井氏の創建ともいい、
伝 長井時広夫婦座像(県指定文化財)を所蔵している。
中世期には、当寺において大般若経の写経事業が行なわれ、
その一部が山形市の立石寺(山寺)に残っている。
その奥書から、延文2年(1357)頃に出羽国長井荘堂森今善光寺の僧・
本聖仁光が中心となり、各地の僧の協力を得て
大事業が遂行されたことが知られる。
境内の阿弥陀堂は寛延3年(1750)の再建、
寺名の由来となる善光寺三尊像と見返り阿弥陀を安置した。
また、本堂と阿弥陀堂の奥には前田慶次郎供養塔が建ち、
多くの参拝者が訪れる。
傾奇者として著名な前田慶次は、晩年は堂森で悠々自適の生活をおくり、
慶長17年(1612)6月4日に死去したと伝えられる。
堂森の里人と親交した慶次を偲び、昭和55年に建立されたものである。
云々。。。



前田慶次供養塔。[山形県米沢市*堂森善光寺]
「阿弥陀堂」。

===
善光寺 木造阿弥陀如来立像 木造伝長井時広夫婦坐像
木造阿弥陀如来立像は檜材の寄木造り、高さ50.8センチメートルの漆箔の立像で
鎌倉後期の作である。造りは彫眼、螺髪切付、肉髻珠水晶。
左下方を見下ろす姿勢で立つ貴重な仏像で「見返りの弥陀」ともいわれる。
往生者を迎えて極楽浄土に導く際に、
後ろについて来ているかを確かめるためにふり向いた姿の、
あでやかで美しい像である。

木造伝長井時広夫婦坐像は室町時代の作で、欅の一木造りで彩色があり、
整った衣冠姿の像は当地方としては珍しい作品である。
長井時広は鎌倉時代の重臣、大江広元の二男で置賜郡長井氏の始祖となり、
兄親広は寒河江庄を領した。
ともに鎌倉三代将軍実朝の頃の人で「吾妻鏡」という書物に見える。
云々。。。


という歴史あるお寺さんであります。
そしてもうひとつ。
今回のお目当てがこちら。



[前田慶次供養塔。[山形県米沢市*堂森善光寺]]の続きを読む