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田町十王堂。[長野県埴科郡坂城町]

長野県埴科郡坂城町です。
〝村上義清公墓所〟を訪ねたら、小さなお堂がありました。

田町十王堂」であります。


=== 案内板より ===
田町十王堂(閻魔堂)
閻魔堂とも呼ばれている田町十王堂。十王とは人の死後、初七日から
三周忌までの間に冥途の十人の王が十回の裁判をして、
来世の行先を決めるという、十王信仰に由来するものです。

これは、中国の道教の影響によるもので、十王のうち怒った顔で有名な
閻魔王の本当の姿が地蔵菩薩であることから、その信仰が盛んになるにつれて、
閻魔王が十王の中心になったといわれています。


田町十王堂。[長野県埴科郡坂城町]

生前に十王にお参りすると、死後の裁判のとき手心を加えてくれるとされ、
信仰は人々の間に広まり江戸時代は各村落に十王堂が設けられていました。
十王の祭りは正月と盆の16日、つまり薮入りの日で閻魔の斎日とよばれていました。
田町の祭りは盆(8月16日)のみですが、
地域住民により現在も賑やかに引き継がれています。

明治初年、新政府の廃仏毀釈政策で檀家のない十王堂はすべて廃されました。
そのころ田町の堂は、火災にみまわれましたが、諸像は運び出されて無事でした。
庶民の十王に対する信仰は根強く、地区の公会堂を設けたときに、
十王像などを安置し、やがて祭りも復活しました。
地獄の沙汰も金次第といわれますが、人々にとって、
来世で地獄に落されることは最大の恐怖だったのです。
田町十王堂は、近隣の十王堂が廃されたことから多くの参詣客を集め、
当地でもっとも人出の多い祭りといわれました。
また十王堂は遊郭の少女達の教育の場としても使われ、
出浦氏の墓地にあったお堂を利用して祀られたと考えられています。

十人の裁判官と本地仏
忌日    十王    本地仏
初七日  泰広王   不動明王
二七日  初江王   釈迦如来
三七日  宋帝王   文殊菩薩
四七日  五官王   普賢菩薩
五七日  閻羅(魔)王 地蔵菩薩
六七日  変成王   弥勒菩薩
七七日(四十九日) 太山王  薬師如来
百ヵ日   平等王   観世音菩薩
一周年  都市王   大勢至菩薩
三周年  五道転輪王  阿彌陀如来
云々。。。


田町十王堂。[長野県埴科郡坂城町]

で、
十王堂の脇を通った奥に。。。


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