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ウワサのBECCAN。ブログbeccanです。グルメ、おサケな話、チマタの話題などなど。
旅館 中松屋。[上田市別所温泉]

さっそくお風呂いただいておりますっ。
それも貸し切り風呂!
小さいんですけど源泉が濃いんですょ~、と仲居さんの言葉に誘われて(笑
旅館 中松屋」さんですっ。

ちょっと熱めの弱アルカリ泉。
神経痛、筋肉痛、疲労回復に効能があるそうです。

最上階には広々とした大浴場、見晴らしの良い展望露天風呂がありましたが、
先客がいらっしゃいますので写真は撮りませんです、ハイ。


===


いうわけで、お風呂に入ってビールを少々、
少し横になってお風呂に入って、を繰り返せば、
あっという間にディナータイムであります♪

お食事は半個室のお食事処にて、GO→


旅館 中松屋。[上田市別所温泉]
「食前酒・果実酒」。

先ずは食前酒で乾杯であります。


[旅館 中松屋。[上田市別所温泉]]の続きを読む
北向観音と福寿家さん。[上田市別所温泉]

お蕎麦屋さんを後に、やって参りました「別所温泉」♪
こちら「北向観音」であります。

久しぶりだなー。


北向観音と福寿家さん。[上田市別所温泉]

境内の風景です。


北向観音と福寿家さん。[上田市別所温泉]



北向観音と福寿家さん。[上田市別所温泉]


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そば処 倉乃。[長野県上田市]

窓越しに見える庭の風景。涼しそうですねー。
これだけで癒されます。
しかしホント暑いっ(汗、、、

ランチタイム、スタートと同時にお邪魔しました、
そば処 倉乃」さんです。
in 上田市。


そば処 倉乃。[長野県上田市] そば処 倉乃。[長野県上田市]

ランチでも〝涼〟を求めて。
先ずはハイボールです。

写真はお茶請けの「揚げそば」とお通しの「柿ピー」。
うぅー、生き返るー。


そば処 倉乃。[長野県上田市]

ハイボールの1杯めは速攻でしたっ(笑
2杯めと一緒にお願いしたのは「きのこおろし」。
キノコがプリプリしてます。美味しい♪


[そば処 倉乃。[長野県上田市]]の続きを読む
小岩井紬工房。[長野県上田市]

上田市を散策すると、やはり出てくるのは真田氏。
そんな繋がりで「上田紬」なるものがヒットして来ましたっ。


小岩井紬工房。[長野県上田市]

こちら「小岩井紬工房」さんです。
見学も出来るということなので、ちょっとお邪魔してみましょう。

上田市というのはもともと養蚕が盛んで、
自家用に紬が織られるようになりました。
上田紬を有名にしたのは、真田昌幸・幸村さん父子と云われています。
なかなかオモシロイ歴史があります。


小岩井紬工房。[長野県上田市]

小岩井紬工房。[長野県上田市]

玄関からお邪魔します。
こちらの部屋では上田紬の着物や帯、
小物類の展示・販売がされています。
どれも手織りのようです。

欲しいものは沢山あるのですがー、うんうん(笑


それから工房の方を案内していただきました。


[小岩井紬工房。[長野県上田市]]の続きを読む
板垣神社。[上田市]

上田原合戦の碑のある石久摩神社から
北へ少し行ったところ。畑の中にありました。
板垣神社」であります。


板垣神社。[上田市]

武田家の重臣、板垣信方さんをお祀りした神社さんです。
2つの「鳥居」をくぐり、その先にあるのは、
板垣信方さんのお墓であります。。。


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上田原古戦場。[上田市*石久摩神社]

長野県上田市の「石久摩神社」です。
前回に続いて、今回は神社のこと。
こちら北側の「表参道大鳥居」です。


=== 案内板より ===
表参道大鳥居(北側)
嘉永5年2月(1852)に欅造りで建立されたが老朽化し、昭和13年、14年に
両部様式に改築され、昭和50年8月明神様式の鉄製朱塗りにて新築し
今日にいたる。
云々。。。


上田原古戦場。[上田市*石久摩神社]

「参道」です。
まっすぐ行って右側に社殿があります。
おもしろい配置ですよね。


上田原古戦場。[上田市*石久摩神社] 上田原古戦場。[上田市*石久摩神社] 上田原古戦場。[上田市*石久摩神社]
(写真はクリックで大きくなります。)

拝殿手前に境内社。
「川辺招魂社」、「天神社」、「伊勢社」。


上田原古戦場。[上田市*石久摩神社]

「拝殿」と、


上田原古戦場。[上田市*石久摩神社] 上田原古戦場。[上田市*石久摩神社]

手前にいらっしゃる「狛犬」クン。


[石久摩神社。[長野県上田市]]の続きを読む
上田原古戦場。[上田市*石久摩神社]

長野県上田市の「石久摩神社」です。
こちら北側の「鳥居」。


上田原古戦場。[上田市*石久摩神社]

参道です。
東側にも鳥居がありますが、
そちらは昭和14年に建てられたもののようです。

↓北の大鳥居の側にある石碑より。


=== 案内碑より ===
上田原合戦前後
天文12年9月 武田晴信(信玄)佐久郡に侵略
15年5月 武田晴信佐久郡内山城を攻めとる
16年8月 佐久郡浅間山麓小田井原で武田軍 関東管領上杉憲政の軍を破る
文16年8月 武田晴信 佐久郡志賀城を攻めとる
17年2月1日 武田晴信甲府を出陣
文16年2月14日 村上義清と武田晴信上田原で激戦 晴信惨敗の憂きめに遭う
同文16年2月14日 武田軍の将 板垣信方 甘利虎泰ら討死
同文16年2月14日 村上軍の将 屋代源五、小島権兵衛 雨宮刑部ら討死
文16年3月5日 武田晴信 諏訪郡上原城へ退く
文16年4月 村上義清佐久に侵入諸城攻めとる
文16年7月 武田晴信筑摩郡塩尻峠で小笠原長時(信濃国守)の軍を破る
文16年8月より 9月までに晴信佐久諸城を取り返す
19年9月 武田晴信 村上義清の前線基地砥石城を攻めたが大打撃を受け撤退
20年5月 武田軍の先鋒真田幸隆砥石城攻略
22年4月 葛尾城落城 村上義清越後の長尾景虎(上杉謙信)を頼り落ち延びる
云々。。。


そうなんです!
この辺りは上田原合戦、
武田軍、村上軍の激戦が繰り広げられた地なのです!


[上田原古戦場の碑。[長野県上田市*石久摩神社]]の続きを読む
真田神社。[上田市]

長野県上田市です。
上田城跡の城内に鎮座する神社さん、「真田神社」にやって参りましたー★

正面の「鳥居」から一直線にのびる参道。


真田神社。[上田市] 真田神社。[上田市]

「狛犬」クンと、


真田神社。[上田市]

「拝殿」ですっ。


=== 案内板より ===
智恵の神様 眞田神社の由緒
当社は戦国時代の天正11年(1583)上田にこの平城を築き
城下町を造った真田親子を主神とし、江戸時代に民政に尽くした
仙石・松平の歴代藩主を祭神とする、神社であります。

殊に10数倍の大軍を2回に亘り撃退して日本一の智将と謳われた
真田幸村の神霊は、今も智恵の神様として崇められています。
云々。。。


[真田神社。August. 2018 [長野県上田市]]の続きを読む
上田城跡。[上田市]

=== 案内板より ===
尼ヶ淵と石垣
本丸南側の尼ヶ淵は崖面がもろく崩れやすい性質だったことから、
築城以来崖の保護対策が講じられてきました。
南・西櫓下の下段には享保の洪水(享保17年・1732)後に設置された
大規模な石垣があります。
本丸東西虎口の土橋より南側の堀は、
正保4年(1647)江戸幕府に提出した絵図では『から堀』と記されており、
比較的早い時期、または当初から空堀だったことが分かります。
ただ東虎口側の東南隅にある石垣には排水口があり、水を入れた、
あるいは入れる意図があったことが分かります。
云々。。。


上田城跡。[上田市]

===
南櫓下の石垣について
南櫓下の石垣は、上田城の南面を護る天然の要害「尼ヶ淵」より切り立つ
断崖に築かれています。
中段石垣は、長雨により一部崩落したことから修復工事を実施しました。
中央部の崖面露出部分は、
崖が張り出しており石垣が無かった部分であることから、
原形に基づきモルタルで修復しました。
云々。。。


上田城跡。[上田市]

===
尼ヶ淵(城の南側を守った天然の堀)
ここから本丸の櫓を見上げると、その守りの堅さを実感します。
江戸時代にはここを千曲川の分流が流れていたのですから、
さらに防備は強固なものになりました。崖の高さは約12メートルあり、
上田泥流層の垂直な崖がさらに敵の侵入を難しくしました。

ところが千曲川が増水した際に、崖を川の水が削ってしまうことから、
歴代の城主はこの対応に頭を痛めました。
崖面に築かれた石垣には、算木積みの古い技法と考えられるものもあり、
仙石氏の頃、あるいはそれ以前に傷築かれた石垣である可能性もあります。
そして、享保17年(1732)の大水では、ついに崖が大きく崩落してしまいました。
そのため城主・松平忠愛は崖を守るための石垣の築造を計画し、
翌年から工事を始めました。
享保21年、石垣は完成しますが、
石材と石工の不足から当初の計画通りにはいかず、
南櫓と西櫓の下を除いて、石垣は低くなったり、
造られずに終わってしまいました。
云々。。。


上田城跡。[上田市]

===
尼ヶ淵の崖
上田城跡駐車場や芝生広場の一帯は、江戸時代には千曲川の分流が
流れていた川原で、尼ヶ淵と呼ばれています。
この川は上田城を守る天然の堀の役割を果たしていましたが、
大水が出ると尼ヶ淵の崖を侵食することがあり、まさに諸刃の剣でした。

崖に見られる地層は3つです。上から①上田泥流層(火山が崩壊した砂礫が
堆積したもの)、一番下には③染屋層(川の作用で砂礫が堆積したもの)、
そして、この2つの層の間には、②火砕流に由来する粉じんが堆積しています。
3つの地層の中では、②の層が一番軟らかくてもろいため、
大水のたびに②の層を中心に崖が削られてしまい、
崖が崩れて櫓に被害が及ぶ心配がありました。
そのため、上田藩主・松平忠愛は享保18年(1733)から石垣を築いて、
崖を侵食から守りました。
尼ヶ淵の石垣のほとんどは、このように崖を守るために造られたものです。
云々。。。


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信濃国分寺跡史跡公園。[上田市]

長野県です、上田市です。
信濃国分寺跡史跡公園」ですっ。


=== 案内板より ===
信濃国分寺跡史跡公園(国指定史跡)
国分寺は天平13年(741年)、聖武天皇発布の詔勅にあるように
「造塔の寺は、兼ねて国の華なり、必ず好処を択びて、実に長久なるべし」と、
国の華である国分寺はその国の最も良い場所が選ばれ、
信濃の国では、今の上田市が選ばれた。

昭和38年から同46年までの発掘調査の結果、中門・金堂・講堂・回廊・塔・僧房・
築地塀・尼房・経蔵・北門などの遺構を確認あるいは推定することができ、
寺域は、僧寺がおよそ東西176メートル、南北178メートル、尼寺は東西148メートル、
南北150メートルと判明した。
これらの遺構の保存と活用のため、信濃国分寺跡史跡公園として整備され、
全国で最初の史跡公園に指定された。また、公園内の
上田市立信濃国分寺資料館には、国分寺や上田地方の原始・
古代の資料が展示され、国分寺跡から出土した瓦窯跡(がようあと)の観察施設も
全国的に珍しいとされている。
云々。。。


信濃国分寺跡史跡公園。[上田市]

というわけでやって参りました国分寺跡。
ここの史跡は真ん中を線路が通っているので、
北と南に分断されています。

本日は時間もないことなので、「尼寺跡」の方を拝見しましょう♪


信濃国分寺跡史跡公園。[上田市]
発掘調査により築地塀の基礎と推定された石敷と石列。

先ずは北側にあった「尼寺築地塀跡」です。


===
尼寺築地塀跡
ここは国分尼寺の北東隅にあたり、尼寺の内と外を区画する
築地塀があったと推定されています。
築地塀はお寺の境内と境外を区画する塀で、基礎に柱と貫の骨組みで
木の枠を作り、そこに土を入れてつき固める「版築」という方法で
作られる物が多く、屋根に瓦や板などで葺いたものもあります。


信濃国分寺跡史跡公園。[上田市]

信濃国分寺の境内と境外の区画施設が築地塀であるのか、
板塀であるのか、いまだにはっきりとはせず、現在も発掘調査により
確認作業をしています。また、その規模も僧寺は100間(約178m)四方、
尼寺は80間(約150m)四方と推定されていますが、
これもはっきりとしません。
現在は想定される築地塀のラインにドウダンツツジを植えて表示しています。
云々。。。



信濃国分寺跡史跡公園。[上田市]

そして「北門跡」。


===
尼寺北門跡
基壇規模は東西13m×南北9mで、建物は正面10.2m、側面6.4mと想定される。
なお、尼寺跡を囲む築地の跡と思われる遺構も検出されている。
云々。。。


南側へ渡るには踏切ではなくて、
地下道が設置されています。
こちらを使って、さぁ南へGO→


[信濃国分寺跡史跡公園。August. 2018 [長野県上田市]]の続きを読む
今日は私用でのお上りさん~。
ちゃちゃッ、と用事を済ませてからのランチタイムですっ♪

オープン当初、2年前に初めてお邪魔してから、今回で3回目。
あそび割烹 さん葉か」さん。

最近、テレビや雑誌などで取り上げられることも多く、
人気みたいです (=゚ω゚)ノ
というわけで参りましょう。カウンター席へGO→


あそび割烹 さん葉か。[東京都千代田区]

ドンっ!
本日のセットメニューです。


あそび割烹 さん葉か。[東京都千代田区]

先ずは「宮崎豚のハンバーグ」。

お肉がプリプリで、肉汁がたっぷりのハンバーグ。
ひと口いただけば、ご飯が3口欲しくなるっ!?


あそび割烹 さん葉か。[東京都千代田区]

こちらのご飯は釜飯。
「鹿児島県枕崎モーツァルト鰹節のおかか釜飯」。

炊きたてを目の前でよそってくれるんです♪。
お隣のお客さんも、おかわりしてます。もちろん★


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奥日光湯元温泉 かつら荘。[日光市]

奥日光湯元温泉 かつら荘」さん。

実は奥日光のお宿にお邪魔するのは初めてなんですっ。
硫黄の温泉なのは知っていましたが(にごり湯好き)
中々来る機会がなかったのですねー。


奥日光湯元温泉 かつら荘。[日光市] 奥日光湯元温泉 かつら荘。[日光市]

洋風の外観とエントランス。
お部屋は畳のメチャ和風(笑

チェックインを済ませ、さっそくお風呂へGO→


奥日光湯元温泉 かつら荘。[日光市]

ぉおーっ。
あっついですっ(汗、、、
確か、宿のオイちゃんが、うめて入ってねーと言ってました。

さぁさ、かけ湯をしながらゆっくり浸かりましょう。
硫黄の香りが鼻をくすぐります♪
肌ざわりもとてもなめらか☆


奥日光湯元温泉 かつら荘。[日光市]

男女とも、内湯と露天風呂が一つずつです。
内湯から露天へ→


奥日光湯元温泉 かつら荘。[日光市]

う~~、気持ちヨカとです~。
何もしないで、ただ温泉に浸かっている贅沢。

運良くお風呂も借り切りで。
あ~、奥日光。来て良かった。。。


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日光湯元レストハウス。[日光市]

やって参りましたー!
日光湯元「湯ノ湖」でありますっ。

そしてこちら、湖畔にあるレストハウス、
日光湯元レストハウス」さん。


日光湯元レストハウス。[日光市]

さっそく自動販売機で食券をGET。
間もなく「ちたけそば」が登場しました☆


日光湯元レストハウス。[日光市]

チタケとお茄子がテンコ盛り♪


日光湯元レストハウス。[日光市]

冷めないうちに一気にやっつけよう (=゚ω゚)ノ
ずぞ、ずぞ、ずぞそぞぞぞぞぞぞぞ~っ。

チタケがことの他美味しくて。。。
さっき百年カレー食べたはかりなのに、
良くたべますっ (=゚ω゚)ノ
ごちそうさまです!

他にも、わかさぎ定食や山菜うどん、ゆばラーメンなどなど、
いろんなメニューがありました。
小腹を満たすにはバッチリです!


日光湯元レストハウス。[日光市]

さぁさぁ、食後に少し、体を動かそうじゃありませんか。

釣らないんですね?とは受付のオジサン。

ハイ、釣りません(笑


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日光湯元源泉。[日光市]

近くにいた「ネコ」です。
どうやら機嫌を損ねてしまったようで。。。


日光湯元源泉。[日光市]

いくら呼んでも、振り向いてくれなくなってしまった(汗、、、
なんだよ~っ!って、マジでー。


日光湯元源泉。[日光市]

というわけですが、気を取り直して参りましょう♪
日光湯元源泉」であります。


日光湯元源泉。[日光市]

あちこちに小屋が建っていますが、
それぞれの旅館さんの源泉なのでしょうか?


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コーヒーハウス YUKON。[日光市*中禅寺金谷ホテル]

グリーンとブルーが交錯した中禅寺湖の湖面。

冷たくて気持ち良さそう、な気もしますが、
この暑さだものきっとぬるい(笑


コーヒーハウス YUKON。[日光市*中禅寺金谷ホテル]

大鳥居と男体山を右に観て、
さぁさぁ次の目的地へ参ろうではありませんか。

中禅寺湖沿いの1本道を湯元方面へ。


コーヒーハウス YUKON。[日光市*中禅寺金谷ホテル]

ちょっと早めのランチタイムは、
中禅寺金谷ホテル「コーヒーハウス YUKON」さんにて。

ログ調の、あたたかい雰囲気の建物が出迎えてくれます♪
涼しげなテラス席も魅力でしたが、今回は店内のテーブル席へ~。


[コーヒーハウス YUKON。[日光市*中禅寺金谷ホテル]]の続きを読む
お盆 2018。

2018年の「お盆」です。
昨日の午前中にお墓参りに行ってきました。

山っきわにあるお寺さんは、周りに木が立ち並んでいます。
いつもセミの抜けガラが見つかるのですが、
今年はなかったなぁ。。。

2018年、お盆の風景であります。。。



以前のお盆はこちらから。
み魂まつり。[佐野市]
お盆 2017。


戦場ヶ原開拓之碑。[日光市]

こんな所にありました。
戦場ヶ原開拓之碑」。


戦場ヶ原開拓之碑。[日光市]

戦後、この地に入植した人たちの、
開拓の歴史が刻まれた石碑です。


戦場ヶ原開拓之碑。[日光市]

隣に建つのは「天皇皇后両陛下行幸啓記念碑」です。



以前の記事はこちらから。
中禅寺。August. 2018 [日光市]

【戦場ヶ原開拓之碑】
@栃木県日光市中宮祠

中禅寺。[日光市]

やって参りました日光ですっ。

こちら「中禅寺」。
日光開山の勝道上人さんによって建立されたお寺さんです。


中禅寺。[日光市] 中禅寺。[日光市]

中禅寺。[日光市] 中禅寺。[日光市]
(写真はクリックで大きくなります。)

正面の仁王門には、阿吽の仁王様、
裏面に風神様と雷神様がいらしゃいます。


中禅寺。[日光市]

境内に入ると、先ず右手にあるのが「諸願成就の梵鐘」です。


=== 案内板より ===
諸願成就の梵鐘
この鐘は「諸願成就の梵鐘」と申します。
一つ撞いては父母祖先有縁無縁供養のため、
二つ撞いては延命福寿のため、三つ以上は願の数々とむかしから
いい伝えられた有名な鐘であります。


中禅寺。[日光市]

すでに参拝された皆様の御先代又は知巳の方々もきっと御自身で
撞かれ、青く澄みわたった湖上を流れ行き、山峡に余韻を引いたこの鐘に
数々の願いを籠められたにちがいありません。
本日この梵鐘の音を耳に刻まれてお帰りになることも、
中禅寺参拝の思い出のよすがにもなることでしょう。
云々。。。


中禅寺。[日光市] 中禅寺。[日光市] 中禅寺。[日光市]

同じく境内の、
「桂」の樹と、「延命水」と「身代わりの瘤」。


しっかし今日も暑いですっ(汗、、、
下界よりはいくらか涼しいのかも知れませんが、
あまり変わらないような気も(汗、、、


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金精峠からの風景。[日光市]

群馬県沼田市から栃木県へ走る。

===
金精峠は、温泉ヶ岳と金精山との鞍部にあたる。
日光山の修行僧の峰修行の路として開かれたと言われ、
峠には男根を御神体とする金精神社が祀られている。
云々。。。
と、ウィキペディアに紹介されていました。

金精峠」ですっ。


金精峠からの風景。[日光市]

夏の空★

最高のドライブ日和♪
気持ちヨカとですっ (=゚ω゚)ノ


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栗生八幡宮。[沼田市]

沼田市です。
以前よりチェックしていた神社さんにやって参りました☆
栗生八幡宮」。

新田さんつながりであります♪


栗生八幡宮。[沼田市]

=== 案内板より ===
栗生八幡宮
栗生(くりゅう)の名は新田義貞十六騎中の一人、
栗生左衛門尉顕友の姓からといわれる。
顕友は義貞の子新田義宗の没後、大原に移り、
顕友の守り神である八幡宮を奉じてこの地に住んだ。


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「桐生八木節まつり」にて。August. 2018 [桐生市]

本町5丁目、「粋翔大やぐら」付近。
今年もやって参りました「桐生八木節まつり」でありますっ。


「桐生八木節まつり」にて。August. 2018 [桐生市]

連日の暑さをものともせず、
皆さん威勢よく踊っております!
はぁ~、はあああー、はああー、って♪


「桐生八木節まつり」にて。August. 2018 [桐生市]

こちら6丁目のちょっと小さめのやぐら。
こちらでもガンガン踊っております!

まさしく群馬のラテンカーニバルっ!


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やすらぎ亭。[草津温泉]

ランチタイムを過ぎ、草津に入るのが遅くなってしまった今日。
あいててヨカッタ~、的な
お昼から夜までの、通し営業のお店。

そう、「やすらぎ亭」さんにお邪魔してます♪
ホント、あいてて良かった♪


やすらぎ亭。[草津温泉]

一番奥の小上がりの席に陣取ります。

先ずは「ハイボール」、
そして「そばつゆで炊いた玉こんにゃく」をお願いしました。

くいくいっと飲って、ようやく落ち着く♪
ふいぃ~。。。(笑


やすらぎ亭。[草津温泉]

良い感じの歯応えがある「茶豆」。
味も濃いです。

夏ですね~★


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炭焼 利衛門。[足利市]

ラーメンがいただきたくて、
久しぶりにお邪魔しました「炭焼 利衛門」さん。

鶏スープラーメンも好きだけれど、坦々麺もいいなぁ。
なんて想っている矢先に登場しました!
「マロ辛 坦々麺」。

白いスープなんだっ!


炭焼 利衛門。[足利市]

まろやかでクリーミィです。でも辛い(汗、、、
刻んだネギがシャキシャキと風味をアシストします。

麺は細麺。
トップに乗っている肉味噌を良くからめて一気にやっつけよう。
ずぞっ、ずぞっ、って、むせないでネ (=゚ω゚)ノ


まろやかで辛い、マロ辛坦々麺。
今日のランチは「利衛門」さんにて。
ごちそうさまでしたー。



以前の記事はこちらから。
炭焼 利衛門。December.2017 [足利市]

【炭焼 利衛門】
@栃木県足利市朝倉町3丁目8-27 N3ビル1F
TEL/0284-73-5665
営業時間/18:00~
おやすみ/日曜日