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2017/01123456789101112131415161718192021222324252627282017/03

徳川義季公累代墓。[太田市]

日枝社のすぐお隣、ひとつ高くなったところにあるのが
徳川義季公累代墓」です。
徳川(得川)義季さんは、新田義重さんの四男、
得川氏と世良田氏の始祖となった方です。


徳川義季公累代墓。[太田市]

周りの石垣に沿って、たくさんの石塔が並んでいます。


徳川義季公累代墓。[太田市]

手前の、一回り大きな石塔の説明文がこちら↓


=== 案内板より ===
国指定重要文化財 宝塔
ここは長楽寺の開基徳川次郎義季を初め、徳川氏累代の墓所と伝えられ、
前方後円墳の後円部にあたり、古くから文殊山と呼ばれている。
この宝塔は凝灰岩製で、相輪は失われているが、現存部の高さ
1メートル65センチである。
屋蓋(おくがい)、軒口(のきぐち)の切り方、軒反り、瓶型の塔身等に
鎌倉時代の特色を良く現している優秀な石造宝塔である。


徳川義季公累代墓。[太田市]

昭和6年、周囲の石垣を築造し塔を整備したさい宝塔の基礎底面に
敬白
奉造立多宝石塔
右所造立如件
建治二年子丙十二月廿五日(1276)
第三代住持比丘院豪
と銘文が刻まれているのが発見された。

塔の造立者院豪は寛元年中(1243~1246)に宋に渡った。
正嘉2年(1258)長楽寺第三世となり、以来24年間住職であった。
弘安4年(1281)長楽寺で没し、その後
「円明仏演禅師」と朝廷よりおくり名をされた高僧である。
云々。。。


徳川義季公累代墓を拝見した後は、
長楽寺、開山堂へ。
前回、ヤブっ蚊の攻撃をくらってしまったエリアです(汗、、、


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