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鶴嶺神社。tsurugane-jinja [鹿児島県]

鹿児島県にやって参りました!

こちら「鶴嶺神社」であります。
島津家ゆかりの「仙巌園」のすぐお隣。
鶴嶺と書いて〝つるがね〟と読みます。
島津家歴代の当主が祀られている神社さんです。


=== 案内板より ===
鶴嶺神社
鎮座地 鹿児島市吉野町磯
御祭神 島津家歴代当主とその家族
御祭神 玉里島津家歴代当主とその家族
従 神 家老5名、殉死者45名
由 緒
島津氏は、鎌倉時代の初め文治元(1185)年より明治2(1869)年の
版籍奉還に至るまで、約700年にわたって南九州を治めた武将の家系です。

鶴嶺神社は明治2(1869)年、島津家の歴代の当主と家族等をお祀りする神社として、
鹿児島城下の山下鶴嶺(現、鹿児島市照国町)に創建されました。
明治6(1873)年、県社に列せられ、同12(1879)年に竜尾神社を合祀しました。
大正6(1917)年に現在地に遷座されました。
なお、28代島津斉彬公は、日本の国旗「日の丸」をご考案されました。
云々。。。


鶴嶺神社。tsurugane-jinja [鹿児島県]

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鶴嶺神社と亀寿姫(ジメサァ)
鶴嶺神社には、島津歴代の当主とその家族たちが祀られています。
亀寿姫も御祭神の1人です。
亀寿姫は、元亀2(1571)年16代島津義久の三女として誕生しました。
天正15(1587)年、父義久が豊臣秀吉に降伏、亀寿姫は人質として
秀吉のもとに送られました。

その後、18代家久(義久の弟義弘の嫡男)の夫人となり、
寛永7(1630)年に亡くなりました。
心優しい人であったと伝えられ、鹿児島の人たちは亀寿姫の法名・
持明院にちなんで「ジメサァ」と呼んで慕い続けました。

また、たいへん美人であったとも伝えられています。
『薩摩旧伝集』に、秀吉は、亀寿姫があまりにも美しいので、
はじめは、偽物ではないかと疑いましたが、落ち着きはらった態度を見て
本物に違いないと判断したという逸話が記されています。
このため、鶴嶺神社にお参りすれば身も心も美しい女性になれるといわれ、
多くの女性がお参りするようになりました。
云々。。。




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