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文政7年岳山変事供養観音。

岳温泉です。
温泉街から少し離れた場所に供養観音があります。
文政7年岳山変事供養観音」です。


=== 案内板より ===
文政7年岳山変事供養観音
岳温泉の湯元は、安達太良連峰の鉄山の直下にあります。
この湧出地は貞観5年(863年)には小結温泉神として記述され
明応5年(1496年)頃より繁盛し始め、一般湯治も行われて来ました。


文政7年岳山変事供養観音。

ところが文政7年(1824年)8月15日(太陽暦の9月7日)に
豪雨の為に鉄山の一角が崩壊し湯小屋11軒は土砂に押しつぶされ
二百数十人の死傷者を出す大惨事となってしまいました。
雲堂和尚が寛文10年(1670年)に山止めの祈願に梵字石を刻み、
山神を縛し150年間の山中での歌舞音曲を許し賜って154年目のことです。


文政7年岳山変事供養観音。

この惨事に際し二本松藩では4日間に渡り述べ人員2200人の救援隊を出し
救助にあたりました。藩の正式の記録には死者63人、怪我46人、無事87人の
196人が記されていますがこの被害報告には記録されていない
人別帳(戸籍簿)から抹消された湯女が約100人もいました。
これらの人々で亡くなった方の遺体を深堀村に運び手厚く埋葬し、
安らかなる永眠を願い観音像が立てられています。
云々。。。


文政7年岳山変事供養観音。

観光協会のホームページを拝見しますと、
「湯日」、「十文字」、「深堀」、そして「岳」と、その名称を変えながら、
災害や時代の流れによって移転を繰り返して来た岳温泉。

温泉の歴史の悲しい一コマを垣間見たような気がします。


[文政7年岳山変事供養観音と深掘温泉場跡。[福島県*岳温泉]]の続きを読む