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ウワサのBECCAN。ブログbeccanです。グルメ、おサケな話、チマタの話題などなど。
後の十三夜。

=== ウィキペディアより ===
九月十三夜
八月十五夜(旧暦8月15日から16日の夜)の月に対して、
九月十三夜(旧暦9月13日から14日の夜)の月は「後(のち)の月」と呼ばれる。
十三夜は日本独自の風習と言われている。
ちょうど食べ頃の大豆や栗などを供えることから、この夜の月を
豆名月(まめめいげつ)または栗名月(くりめいげつ)と呼ぶ。

江戸時代の遊里では、十五夜と十三夜の両方を祝い、
どちらか片方の月見しかしない客は
「片月見」または「片見月」で縁起が悪いと遊女らに嫌われた。
二度目の通いを確実に行なうために、十五夜に有力な客を誘う
(相手はどうしても十三夜にも来なければならないため)風習があった。

なお、旧暦の閏月で閏8月または閏9月が挿入される場合に
1年で十五夜または十三夜が二度現れることがあり、二度目については
それぞれ「後の十五夜」、「後の十三夜」と呼ばれていた。
「後の十三夜」は2014年11月5日に171年ぶりに出現している。
云々。。。


なんと、171年ぶりに出現したという、11月5日の「後の十三夜」。
あなたはご覧になりましたか?。。。



以前の月はこちらから。
スーパームーン Super moon。
ブルームーン Blue Moon。
月を撮りました。


足利・織姫神社、石段参道のいろいろ。

足利の「織姫神社」です。
境内までの石段参道には、足利の歴史を今に伝える石碑や、
先人達の偉業を称える頌徳碑が建っています。


=== 案内板より ===
飯塚啓太郎 頌徳碑
織物整理業。大正・昭和期の足利織物業界指導者の一人。
特に、昭和初期の織物同業組合第三部(国内向け)の「足利銘仙会」若手を支援、
「足利本銘仙」の開発に貢献。
碑は生前、1932年、同業組合第六部(当時織物整理業)有志により建立された。
撰文は栃木県立足利工業学校長の高田義親。
云々。。。


足利・織姫神社、石段参道のいろいろ。

「創造のひろば」

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足利トリコットの歴史
足利市は、昭和22年から40年代後半に至る間、トリコット(経編メリヤス生地、
および当初「足利ジャージー」、後半スリップ・ネグリジェなどの製品)の生産額で
日本最大であった歴史をもつ。
戦後、国策を積極的に取り入れ、戦前の絹織物に代わり、トリコット産業を完成させた。
その象徴が41年完成の「足利トリコット工業団地」で、集団化による
中小企業近代化のモデルであった。


足利・織姫神社、石段参道のいろいろ。

同産業の発展に寄与された代表的人物が
胸像の初代~三代トリコット工業協同組合理事長
吉田孫三郎・殿岡利助・三田喜禧三郎氏である。
昭和44年以降、日米間に「繊維摩擦」、「ドルショック」、「円高」などが発生し、
トリコットの輸出は絶たれた。
またこの頃から国内需要の主力であったスリップ・ネグリジェの需要が消えた。
国や業界の諸改革にも拘わらず、トリコット産業は縮小を続けたが、
現在ファッション産業の新たなる展開に向け鋭意努力する状況にある。
云々。。。


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