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太田市藪塚町・阿弥陀堂。その2

太田市藪塚町。
「西山古墳」の手前にある「阿弥陀堂」です。

その昔、この辺りにあったと云う「阿鑁寺」のご本尊、
「阿弥陀如来三尊」が安置されています。
すでに廃寺となっているこのお寺さんは、
5代将軍、徳川綱吉さんによって建立されたそうです。


太田市藪塚町・阿弥陀堂。その1

=== 案内板より ===
阿弥陀三尊仏
由来
この像の光背に書かれているものを読み下すと、次のようになる。
「この如来仏は、作場山阿鑁寺(さくばさんあばんじ)の本尊
阿弥陀如来三尊です。
伝説によると阿鑁寺は、羽黒山不動院胎養寺の末寺で、
慶安年間(1648-1651)に、この村(藪塚村)の領主であった
館林宰相右馬頭殿(後の5代将軍綱吉)が建立した寺です。

その後、阿鑁寺は荒れはてて廃寺となり、後はただ『寺跡』という
地名だけが残り、畑や林になってしまいました。
たまたま寺の隣に住んでいた新井兵庫という者が檀家であったので、
貴重な本尊を大切にと、自宅に安置して崇拝していました。


太田市藪塚町・阿弥陀堂。その3

それから百年余り後に兵庫の子孫新井作右衛門は
時々仏のお告げが現れる不思議な夢を見るようになりました。

そこで宝暦年間(1751-1763)に不動院隆慶に会い、
夢のことを話しました。
古きを尋ねて新しきを知るのことばの通り昔のことを話し合い、
この像は胎養寺に安置することになりました。
私(隆慶)も今年の仲冬(ちゅうとう・陰暦11月)の暁に
縁起の良い夢を見たので、さっそく新井氏と相談して、
ここに阿弥陀堂を建立し安置したものです。

天明5(1785)年龍集戴雪(りゅうしゅうたいせつ・12月)吉日
胎養寺住職隆慶謹んで記す。」


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