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足利市・下馬橋趾 足利市・下馬橋趾

=== 案内板より ===
下馬橋(げばばし) [平安時代]
昔、この辺りに蓮池が橋が架かっていました。
足利両崖山城主藤原家綱(いえつな)は、同僚の嫉みによるさん訴で
筑紫(九州)に流罪になりました。
家綱は、無実があきらかになり、許されて帰郷出来るようにと
太宰府の天神様祈りました。

寛仁3年(1019年)許された家綱は、活躍し、天下に名をとどろかせて
足利に戻りました。これも天神様のお陰と天神様をまつり、
11月25日にお祭りをしました。
この天神様のお祭りに、朝廷の勅使、中御門大納言が都から
下向したと伝えられています。
家綱の朝廷での大活躍がしのばれる話です。


足利市・下馬橋趾

家綱は、この橋で馬からおりて、勅使を迎えました。
このため、ここにあった橋を下馬橋と呼ぶようになりました。

治承3年(1179源平合戦の前年)まで勅使が参拝に来て、
足利両崖山城主は、ここで下馬して迎えたと伝えられています。

八雲神社(牛頭天王)は、明治10年4月に現在地に移りましたが、
それ以前は、東方の街なかにありました。
勅使は牛頭天王の参拝に来られたとも考えられます。
云々。。。


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