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善光寺表参道、敷石と仁王門。 [長野市]その1

=== 案内板より ===
史跡 善光寺参道(敷石)
善光寺参道(敷石)は、宝永4年(1707)、本堂が仲見世堂跡地蔵尊付近から
現在地に移転竣工の後、7年目にあたる正徳4年(1714)に完成した。

本堂普請の後、参道の路面状態が悪く、参詣人に難儀をきたしていたため、
正徳3年、本堂前の敷石が、腰村(西長野)西光寺住職単求の寄進により敷設、
続いて境内入口の二天門跡から山門下までの218間(397メートル)が
江戸中橋上槙町(現日本橋3丁目)の石屋香庄(大竹屋平兵衛)の寄進により
敷設された。(墓碑銘・大勧進日記)


善光寺表参道、敷石と仁王門。 [長野市]その2

伝説によると、平兵衛は、伊勢出身で江戸で財をなしたが、
長男が放蕩で家へ寄り付かなかった。ある夜、盗賊が入ったので、
突き殺すと、それが我が子であったという。
平兵衛は世の無常を感じ、家を後継者に譲り、巡礼の旅の途中善光寺にきて、
諸人の難儀を救うため敷石を寄付した。

平兵衛は後に茂管静松寺で出家し、享保11年(1726)に没した。
平兵衛の墓は、静松寺と善光寺境内に今も残っている。
その後も平兵衛の子孫は、敷石の修理をしていたという。

敷石は、山門上が幅四間、山門下から二天門跡までが幅三間で、
長方形の石が規則正しく敷かれている。
西長野郷路山産の安山岩製で総数7777枚といいならわされているが、
現在およそ7千枚が敷設されている。
一部補修をうけているが、大部分は当初のままで、
これほどの規模を持つ近世以前の敷石の参道は、全国的にも稀である。
云々。。。


善光寺表参道、敷石と仁王門。 [長野市]その3

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信州善光寺 堂照坊
この名号堂は善光寺本堂を大御堂と申しますのに対し小御堂と呼ばれるもので、
居並ぶ各坊を小御堂坊中といいます。
なかでもこの御堂を持つ堂照坊は善光寺一山中もっとも歴史のある坊と伝えられており
鎌倉時代に至って親鸞上人が建暦2年3月から御逗留あらせられ念仏勤行し
善光寺本堂に毎日参詣された御旧跡であります。
云々。。。


こちらの表参道・石畳の通りを過ぎると。。。


善光寺表参道、敷石と仁王門。 [長野市]その9

ドドォ~ン!


。。。








宝暦2年(1752年)建立、大正7年(1918年)再建。
仁王門」です!


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