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ウワサのBECCAN。ブログbeccanです。グルメ、おサケな話、チマタの話題などなど。
=== 案内板より ===
伝説、松山鏡 鏡が池
今から約1200年前大伴家持がエゾ征伐に失敗し越後に流され
松之山中尾に篠原刑部左衛門と名を変えて住居していた。

夫婦の中には京子という一人娘があり
病の母に尽す孝養は世人の手本とされていた。
母が臨終の枕辺で「母に逢いたくなったらこの鏡を見よ」と形見に与えた鏡があった。
京子はこの鏡を毎日と取り出して写し自分の顔を母と思いこみ、
京子は親子とも母によく似ていたといわれている。

松之山、鏡ヶ池と屋敷跡 [十日町市] その1

或る日ふと池の面を見ると日頃想いこがれている母の顔があった。
京子は「母上」とよぶなり池の中に身を投じたのであった。

この哀話は今から600年前観世清次、元清等の手により謡曲「松山鏡」となった。
この池は昔、広サ約二千平方米、深サ約三米あったと物の本に記されているが
数次の地すべりで狭小となった。
京子塚と観音堂、大伴家持が信仰していたもの、
十一面観音像はそのまゝ残っている。
云々。。。


という不思議な伝説を持つ「鏡ヶ池」です。
in 松之山。
実際、大伴家持さんがこの地に赴任して来たという記録は
文献等にもないそうで、いろいろな話がくっついて、
このような形として伝わっている、といったところでしょうか?


松之山、鏡ヶ池と屋敷跡 [十日町市] その2

大伴家持さんの歌碑も建てられています。

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謡曲「松山鏡」と鏡池
謡曲「松山鏡」は、妻の三回忌に自分の部屋で何かを隠す姫を見た父、松山某が
継母を呪詛(じゅそ)していると疑います。

姫は、母が残してくれた鏡の中に母の姿が見えると慕い泣くのです。
鏡に映る自分の姿を母と信じていたのでした。
そのいじらしさに、姫を冥土へ連れて行こうと亡母の霊が現れますが、
鏡の中の姫が菩薩のように見え、消え去っていくのです。

当地の鏡池には、孝子の鑑(かがみ)伝説として、〝松山鏡〝が伝えられ、
明治の頃には小学校の国語読本にも載りました。
この鏡池に入水したのは、万葉歌人大伴家持の娘、孝女京子と伝えられています。
云々。。。


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