ウワサのBECCAN。ブログbeccanです。グルメ、おサケな話、チマタの話題などなど。
松本市 大宮熱田神社 その1

上信越道から長野自動車道。
姨捨SA、お化けのような道祖神のいた麻績村を過ぎ、
松本の手前、豊科ICまで。
そこから更に40分ほど。

やって参りました「大宮熱田神社」です!
ここ、松本市なんですねー。


松本市 大宮熱田神社 その2

どんっ、と構える、迫力ある「鳥居」。
そしてすぐ左手にある3つの神社さんの「石碑」。


松本市 大宮熱田神社 その3

こちらはご神木の1つである「モミ」の木です。
でかいなー。


=== 案内板より ===
長野県天然記念物 梓川のモミ
マツ科モミは別名モミソ・トウモミなどといいわが国の特産種で
本州、四国、九州の山地または低地にみられるものである。
建築用材としての用途がひろきため大木の数は少ない。
本県内にも人目をひくものが数本あるが、この木はその中の
第一の巨木である。
樹姿端正、樹勢おう盛な点これをしのぐものはみられない。
云々。。。


松本市 大宮熱田神社 その4

「手水舎」にはドラゴンのお三方。


松本市 大宮熱田神社 その5

参道両脇には「石灯籠」が並び、
威風を感じさせてくれます♪


松本市 大宮熱田神社 その6

鳥居をくぐり参道、正面にある「神楽殿」。


松本市 大宮熱田神社 その7

拝殿の手前、ホント真ん中にあるんですね。
地元ではなかなかお目にかかれない建物の配置。

こんなところからも、
この神社さん、只者でないな~?!、と
勝手に思い込んでしまう単純な私であります。
ウムム。。。


[大きなお宮の梓水大神  松本市★大宮熱田神社]の続きを読む
「にった花トピア2010」 ★太田市 その4

太田市新田金井町で開催されている「にった花トピア」にやって来ました。

良いお天気に誘われて、ちょっぴり時間が早いかな~とは思ったのですが、
出掛けて来て良かった! 貸切?状態です♪


「にった花トピア2010」 ★太田市 その5

メインの道路沿いには、黄色いコスモスがわんさか咲いていて、とても目を引きます。
でも、コスモスと言えば、やっぱり白やピンク!
風にそよぐ可憐な感じが、カワイイですよね♪


「にった花トピア2010」 ★太田市 その3

ピンクのコスモスは、まだまだ3分咲きくらいかな。
全体が見渡せるように、やぐらも組まれていて、
満開のコスモス畑を見渡したら、とっても素敵でしょうね!


[お花畑にLet’s go♪ 「にった花トピア2010」  ★太田市]の続きを読む
横川サービスエリアにて。 ★群馬県安中市松井田町横川 その1

上信越自動車道、横川サービスエリアの下り。
高崎弁当、通称「たかべん」もまだ開いてないなぁ~。


横川サービスエリアにて。 ★群馬県安中市松井田町横川 その4

休憩をとっている車もまだチラホラ。。。


横川サービスエリアにて。 ★群馬県安中市松井田町横川 その2

朝6時、少し前!


[早起き先生、第5話。「横川サービスエリアにて」  ★群馬県安中市]の続きを読む
硫黄泉です♪★那須塩原市の元泉館 その1

マイナスイオンたっぷり♪
前を流れる赤川の渓谷。
いやぁ~、リラックスリラックス。
ヒンヤリと、気持ちいいなぁー♪

オバちゃんたちもキャッ、キャ、楽しそうです!


硫黄泉です♪★那須塩原市の元泉館 その2

というわけで、「元泉館」さん★

ぬる目の硫黄泉にゆっくりつかりたくて、
塩原元湯温泉まで、ひとっ走り!
来ましたぁー。

もう、早速です!
お風呂へGO→


硫黄泉です♪★那須塩原市の元泉館 その3

う~ん、やっぱりこの独特の、ゆで玉子のニオイです。
硫黄特有の。

「高尾の湯」。
江戸時代の名妓・2代目高尾太夫さんにちなんで名付けられた内湯。
2代目高尾太夫さんて塩原出身なんです、知ってました?!


硫黄泉です♪★那須塩原市の元泉館 その4

写真だと、ちょっと茶色っぽくなっていますが、
もっとブルーがかったような白色をしています。

熱くなくて、ヒジョーにうれしいお湯♪
ホントゆっくりつかれますョ。


ふいぃ~。。。

う~ん。。。

あ゛ー。


ぶくぶくぶくぶく。。。


オデコにじんわりと汗がにじんだら完了!
ずいぶんと温まりました☆


硫黄泉です♪★那須塩原市の元泉館 その5

こちらは露天のお風呂。
眺めがいいね♪

腰までつかって、しばらくボ~っ、と。


[奥塩原の秘湯の宿 gensen-kan 元泉館 ~再来編~  ★那須塩原市]の続きを読む
塩原温泉 もみじ谷 大吊橋 その1

絶対に行くことはないだろうし、
行かないと心に決めていた。。。


塩原温泉 もみじ谷 大吊橋 その2

人が。。。
人が歩いて行きます。。。


塩原温泉 もみじ谷 大吊橋 その3

あっちの方までっ!


塩原温泉 もみじ谷 大吊橋 その4

超高所恐怖症の私にとって、
これほどの恐怖はないのですっ!

橋の近くまで寄ると、
キィ、キィ、キィ、と
ブランコがゆれる音がするんです(汗、(汗、(汗



無理ッーーー!!


[もみじ谷大吊橋にて。。。  ★那須塩原市]の続きを読む
鉄板焼の山路さん♪★伊香保温泉 その1

「鉄板焼きのお店がありますョ!
前の道を下って、駐車場の奥。すぐですから。
美味しいって評判ですよ♪」

と、塚越屋七兵衛さんからご案内いただき、
やって参りました「山路・やまじ」さん!
なにやら期待感高まるアプローチです。


鉄板焼の山路さん♪★伊香保温泉 その2

店内に入るとまず目を引くのがヘップバーン!
いたる所に飾ってあります♪

ご主人、相当ファンなのかな?
綺麗ですものねー☆


鉄板焼の山路さん♪★伊香保温泉 その11

というわけで「どうぞどうぞ」と、お座敷に通されました。
鉄板が備え付けてあるテーブルですが、
今夜の焼き手?はご主人にお願いしました(笑
もちろん自分で焼くことも出来ますョ~。

「これでもつまんでてくださいネ」
と出してくれた「採れたてキュウリとミニトマト」。
オリジナルのサウザンドレッシングがすごく美味しい♪


鉄板焼の山路さん♪★伊香保温泉 その3

「もやし焼き」。
もやし炒めぢゃありませんょ、焼きデス。
でも焼いて来てもらっちゃってます。
卵も入っている優れモノ。

生ビールも冷たいままで、
焼酎の氷も溶けなくて、いいネ。
楽チン♪


鉄板焼の山路さん♪★伊香保温泉 その4

「こちら、使ってみてください~」

なにやら、塩、デス。まぎれもなく。
いろいろブレンドされている特製のソルト。
う~ん、洋食屋さんのニオイがするぞ!


鉄板焼の山路さん♪★伊香保温泉 その5

「ぶたロース焼き」。
チョイと厚めのロース肉が2枚!
2枚で1人前です。


[思い立ったら吉日の今夜♪【Ⅱ】  伊香保温泉★山路 yamaji]の続きを読む
リンク先のブログ「店長さんの日記」には、
普段の中で助かることがけっこうあって、
時々覗かせてもらっています♪

前回のエントリーで、
ウイルスバスターの無料アップデートのことを紹介されていたので、
さっそく私も。。。


ウィルスバスター2011クラウド バージョンアップしてみた。

「ウイルスバスター2011 クラウド」。

わかりやすいレポート!


ウィルスバスター2011クラウド バージョンアップしてみた。その2

軽快、かつ強力な保護!!


ウィルスバスター2011クラウド バージョンアップしてみた。その3

総合セキュリティ対策!!!


インストールしてます。。。


[ウイルスバスター2011クラウド、バージョンアップしてみた。]の続きを読む
俵屋さんの「あめ」 その4

「あめ」。

飴をいただきました。
俵屋さんの飴。


[「あめ」]の続きを読む
伊香保温泉 塚越屋七兵衛 その5

思い立ったら吉日。
そうなのです。食べたい時がうまい時。
行きたい時が楽しい時!?

本能の赴くがままに関越道を一路北上するべし↑


伊香保温泉 塚越屋七兵衛 その6

山に向かって走る!
ブイィ~ン♪


伊香保温泉 塚越屋七兵衛 その8

おおーっ!
雰囲気が出て参りましたっ!

盛り上がって来たぞぉ~っ!!


伊香保温泉 塚越屋七兵衛 その4

伊香保温泉 塚越屋七兵衛 その1

ドォーンッ!
こちら「塚越屋七兵衛」さんっ。
伊香保温泉でございまする。

広いお風呂に入りたくて~。。。
また来ちゃいましたっ。


[思い立ったら吉日の今夜♪【Ⅰ】  伊香保温泉★塚越屋七兵衛]の続きを読む
タイトなスケジュールたてちゃったけど、
意外にオモシロかったなー、
というか、結構、いや、かなりオモシロかった、東北♪

そうだ、東北に行こう!その16 「帰るとなるとなんとなくサミシイよねー。」

岩手、宮城とそれぞれちょっとずつだけだったけれど
深いな~。。。
ますます興味シンシンといったところ。

平泉から鳴子温泉、そして多賀城市。
史跡や神社も十分堪能しました(汗
また来たいなぁ~。

いよいよ帰路に。
東北、良かったなぁー。
帰るなるとなんとなくサミシイよね~。。。


さようなら、BECCAN。
ブイィ~ン。。。



以前の記事はこちらから。
そうだ、東北に行こう!その15 「多賀城界隈の神社さん♪」  宮城県多賀城市★荒脛巾神社
そうだ、東北に行こう!その15 「多賀城界隈の神社さん♪」 宮城県多賀城市★荒脛巾神社 その1

陸奥総社宮からさほど遠くなく。。。
と、言うかかなり近い。。。

あらはばき。。。

「あらはばき神社」と記された石柱。
この細い砂利道を下ったところに。。。


そうだ、東北に行こう!その15 「多賀城界隈の神社さん♪」 宮城県多賀城市★荒脛巾神社 その2

朱色の「鳥居」が現れます。

なんだか周りは畑、
いや家庭菜園のような。。。


そうだ、東北に行こう!その15 「多賀城界隈の神社さん♪」 宮城県多賀城市★荒脛巾神社 その3

鳥居をくぐり、参道を進むと、
両脇に、まるで仁王サマのように立っている2本の大杉。
でもそんなに大きくないかな。。。(汗


そうだ、東北に行こう!その15 「多賀城界隈の神社さん♪」 宮城県多賀城市★荒脛巾神社 その11

あれだっ!

でもここから先って何方かのお宅ぢゃないんですか?
どうなんだろ、
でも観光案内にも出てるし。。。

と、考えながらも
足は止まらなかった。。。


そうだ、東北に行こう!その15 「多賀城界隈の神社さん♪」 宮城県多賀城市★荒脛巾神社 その4

これだぁ!

荒脛巾ぃ!!


[そうだ、東北に行こう!その15 「多賀城界隈の神社さん♪」  宮城県多賀城市★荒脛巾神社]の続きを読む
伊香保まつり。
9月18、19、20日と、3日連続で行われる伊香保神社の例大祭。

19日の本神輿の渡御もひとつの見所ですが、
圧巻は最終日、20日深夜の樽神輿の奉納。

「最後の日だから盛り上がるよ~。」
なんて聞いてしまったものだから、さっそく石段街に陣取りまして。。。


伊香保まつり その1

次々と石段を上ってくる樽神輿。
このお神輿、担ぎ方が独特で、
お神輿に背を向けて、まるで、おしくらまんじゅう?!

10基ほどの樽神輿と最後尾の山車。
急な石段をもみ合いながら山車に突っ込んでいくお神輿!
激突した瞬間に、お囃子がアップテンポの調子になり、
神輿の喧嘩をあおるよう。


伊香保まつり その2

こんな激しい祭りだとは思わなかった!(汗
皆、気合が入っていてカッコイイし★
石段の中で台風が暴れているんじゃないか?!
周りのお店もベニア板を張り付け、
店先をガードしておりました!すげー♪


異様な熱気につつまれている伊香保の石段。
もみ合いながら、神輿同士、ぶつけ合いながら、
ゆっくりゆっくりと上がって行きます!
踊り場から次の踊り場まで、数メートル先に進むのに、
1時間以上!マジで。

最後の山車が神社の境内に上がったのが
深夜2時近かったかな(笑


そんなわけで今日は眠いのです。。。
しかし、大迫力の伊香保まつり。
デジカメトラブルで写真はパンフから。
超オススメのお祭り。
この迫力伝えたかったなー。



以前の伊香保はこちらから。
伊香保神社と石段街。  ★渋川市
伊香保の夜食は居酒屋さんで♪  渋川市伊香保★居酒屋 香

伊香保神社
@群馬県渋川市伊香保町

雨上がりの栗拾い 佐野市★武沢農園 その6

「栗拾い」ってやったことあります?
私は初めての経験♪ちょっと楽しみ★

佐野市にあります「武沢農園」さんです。


雨上がりの栗拾い 佐野市★武沢農園 その1

お!
さっそくいらっしゃいました!


雨上がりの栗拾い 佐野市★武沢農園 その2

見てください、この威張ったようなイガ。
頭になんぞ落ちて来たら、ひとたまりもありません(汗

栗拾いが、梨やブドウ、りんご狩りなんかと
決定的に違うのは。。。


雨上がりの栗拾い 佐野市★武沢農園 その4

簡単ぢゃないっ!


雨上がりの栗拾い 佐野市★武沢農園 その3

ポキッ、と捥ぎれる果物じゃないっ!
凶暴な?イガで全身を武装し、
足でフニフニ踏んづけても、なかなかその全貌を現さない!

下を見ながら、上手に口を開けているイガを探す、
全くもって地道(笑)な作業なのだっ!

恐るべし栗太郎!
なんのこっちゃ。。。


雨上がりの栗拾い 佐野市★武沢農園 その5

他の果物狩りのように派手さは無いものの、
達成感はひときわ大きい!

はいっ、本日の収穫です♪


[雨上がりの栗拾い。。。  佐野市★武沢農園]の続きを読む
そうだ、東北に行こう!その14 「多賀城界隈の神社さん♪」 宮城県多賀城市★陸奥総社宮 その1

「陸奥総社宮」にやって参りました♪
「むつそうしゃのみや」と読みます。

陸奥国の総社であります。


そうだ、東北に行こう!その14 「多賀城界隈の神社さん♪」 宮城県多賀城市★陸奥総社宮 その2

「狛犬」クンですねー。
ご利益があるのでしょうけど、
なにも口の中まで入れなくてもねー、石(笑
とても頑張ってくれている狛犬クンです。


そうだ、東北に行こう!その14 「多賀城界隈の神社さん♪」 宮城県多賀城市★陸奥総社宮 その3

すぐ左手にあった建物。
ずいぶんと古いネ。
なんなのでしょうか?

そうだ、東北に行こう!その14 「多賀城界隈の神社さん♪」 宮城県多賀城市★陸奥総社宮 その4

「手水舎」でお清めをし。。。


そうだ、東北に行こう!その14 「多賀城界隈の神社さん♪」 宮城県多賀城市★陸奥総社宮 その5

「拝殿」でお参り。

と、


そうだ、東北に行こう!その14 「多賀城界隈の神社さん♪」 宮城県多賀城市★陸奥総社宮 その6

こちら「本殿」デス。
カッコイイ♪


=== 案内板より ===
醍醐天皇の延喜年中勅して全国より由緒正しき社、
3132座を神名帳に載せらる。
内188座を大社とし、他を小社とす。
之を延喜式内社と称し国司に命じて幣帛を供進せしめしが
後に参進の便を図り之を各国府の地に合祀して総社という。
当社は即ち陸奥国100座を、合祀する陸奥総社なり。


[そうだ、東北に行こう!その14 「多賀城界隈の神社さん♪」  宮城県多賀城市★陸奥総社宮]の続きを読む
そうだ、東北に行こう!その14 「多賀城界隈の神社さん♪」 宮城県多賀城市★多賀城神社 その1

多賀城の一角にある「多賀城神社」です。


=== 案内板より ===
多賀城神社縁起
この神社は、多賀城神社と称し、後村上天皇をはじめとし、
北畠親房、顕家父子、伊達行朝、結城宗廣等の
南朝の諸将を奉祀する神社である。


そうだ、東北に行こう!その14 「多賀城界隈の神社さん♪」 宮城県多賀城市★多賀城神社 その2

元弘3年(1333)5月、鎌倉幕府を滅ぼし建武新政を樹立された後醍醐天皇は、
ひそかに関東、東北を拠点として新政府に叛旗をひるがえさんとする
足利尊氏の不穏な動きを洞察され、参議左中将北畠顕家を陸奥守に任じ、
嘉暦2年(1328)後醍醐天皇の第7皇子として生まれられた憲良王
(建武元年親王の宣下あり以後憲良を義良と改めらる)を奉じ、
陸奥、出羽両国を鎮撫のため陸奥国府の所在する多賀城に下向せしめられた。


そうだ、東北に行こう!その14 「多賀城界隈の神社さん♪」 宮城県多賀城市★多賀城神社 その3

この時、義良親王御年6才。顕家16才であったので、
建武中興の元勲であった前大納言北畠親房を親王の御守役として
また、顕家の補佐役としてともに下向せしめられた。

爾来、義良親王には、延元4年(1339)10月吉野行宮におかれ
即位(第97代後村上天皇)されるまでのわずか7年の間に陸奥大守として、
2度に渡り通算3ヶ年の歳月を多賀城において
南朝の忠臣達とともに王政復古のためつくされたのである。
云々。。。


鎌倉幕府が滅んで、南北朝時代へ。
南朝の方々をお祀りした神社さんなのですねー。
創建は昭和になってからのようです。

1つだけ小さなお社が建つ神社さんですが、カッコいい★


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そうだ、東北に行こう!その13 「三冠達成っ!日本三古碑!!」 宮城県多賀城市★多賀城碑 その2

多賀城の一角にあるこのお堂のような建物。
シンプルな覆屋でありますが。。。

こちらをのぞき込んだ瞬間に。
その瞬間にっ!
しゅんっ!、て、しつこいですか?(汗
私は三冠を達成してしまったのですっ!
三冠っ☆


そうだ、東北に行こう!その13 「三冠達成っ!日本三古碑!!」 宮城県多賀城市★多賀城碑 その1

「多賀城碑」!
です、これ!


そうだ、東北に行こう!その13 「三冠達成っ!日本三古碑!!」 宮城県多賀城市★多賀城碑 その3

ぶ厚い。。。

そう、私は、
群馬県吉井町の「多胡碑」、
栃木県湯津上村の「那須国造碑」、
そして今回こちらの「多賀城碑」と、
日本三古碑と云われている3つの石碑を全て訪ねるという偉業?(笑、
三冠を達成してしまったのです!

おおーっ、やったね☆
嘘ぢゃないョ、ホントだょ。


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多賀城の中心に位置する政庁跡より北方面へ。
六月坂地区といわれる場所があります。


=== 案内板より ===
多賀城六月坂地区の役所跡
ここは、政庁から北へ約300mの位置にあり、
行政的な仕事を行っていた場所と考えられています。
平安時代の当初には、東西に桁行七間×梁間四間の廂付建物が2棟並び、
その前面に数棟の掘立柱建物が建っていました。

その後、これらの建物を取りこわし、掘立柱建物や礎石を使用した
倉庫が建てられました。
この他、鍛冶工房と推定される竪穴住居跡が見つかっています。
このような建物群の北には東門と西門を結ぶ道路が通っており、
道路の北側にも建物群や竪穴住居がありました。
云々。。。


そうだ、東北に行こう!その11 「遠の朝廷 too-no-mikado へ参る。。。」 宮城県多賀城市★多賀城跡 その12

「西面廂付建物跡」。
基壇部分のみ復元されてます♪


そうだ、東北に行こう!その11 「遠の朝廷 too-no-mikado へ参る。。。」 宮城県多賀城市★多賀城跡 その14

そうだ、東北に行こう!その11 「遠の朝廷 too-no-mikado へ参る。。。」 宮城県多賀城市★多賀城跡 その13

===
役所群の北門と塀
平安時代には、ここに門がありました。
多賀城内で最も広い役所群の北側の出入口です。
門を入ると、様々な仕事を行った役所の建物がありました。
云々。。。


そうだ、東北に行こう!その11 「遠の朝廷 too-no-mikado へ参る。。。」 宮城県多賀城市★多賀城跡 その15

===
平安時代の石敷道路
多賀城の中には、東門と西門をむすぶ幅約16mの
道路が通っていました。
平安時代になると、ここ東門の近くでは、
道路に小石や瓦が敷きつめられていました。
云々。。。


[そうだ、東北に行こう!その12 「遠の朝廷 too-no-mikado へ参る。。。」  宮城県多賀城市★多賀城跡Ⅱ]の続きを読む
おおーっ!
これまた念願であった「多賀城跡」にやって参りました!
ヒジョーに、チョーうれしいんですけど(汗

多賀城跡。
城跡といっても、天守閣や櫓なんかがある、
戦国武将のお城とはチョイと違うんです。
ウィキペディアでは「城柵・じょうさく」として紹介されています↓

===
城柵(じょうさく)は、7世紀から11世紀までの古代日本に築かれた防御施設である。
現代の歴史学では特に北東と南西の辺境に置かれた
政治行政機能を合わせ持つものに限っていうことが多い。
個々の城柵は、「多賀柵」など柵の字を付ける場合と、
「多賀城」など城の字を付ける場合があり、城も柵も「き」と訓じていた。
北東は蝦夷、南西は隼人に対する備えとして置かれ、
対朝鮮・中国の城に比べると防備が弱く、行政施設としての性格が強いのが特徴である。
云々。。。


ヒジョーに楽しみですっ!

そうだ、東北に行こう!その11 「遠の朝廷 too-no-mikado へ参る。。。」 宮城県多賀城市★多賀城跡 その1

=== 案内碑より ===
多賀城跡
多賀城は奈良・平安時代の陸奥国府跡である。
約1km四方を築地塀(ついじべい)で囲み、中央には儀式を行う
政庁がある。
さらに、城内には様々な仕事をした役所が沢山あった。
云々。。。


そうだ、東北に行こう!その11 「遠の朝廷 too-no-mikado へ参る。。。」 宮城県多賀城市★多賀城跡 その3

ではでは、南から参りましょう。。。

「外郭南門跡」。


そうだ、東北に行こう!その11 「遠の朝廷 too-no-mikado へ参る。。。」 宮城県多賀城市★多賀城跡 その2

こんなのが建っていたんですねー。
「奈良時代後半の外郭南門推定復元図」。
中国の宮殿みたいだネ。

===
多賀城の外郭南門
外郭南辺ほぼ中央に位置する八脚門跡です。
発掘調査の結果、多賀城の外郭門は南門・東門・西門が
存在したことが明らかになっていますが、
中でも多賀城の正面となる南門は
ひときわ立派であったと考えられています。
この門には政庁正面から350mの直線道路が延びていました。
云々。。。


そうだ、東北に行こう!その11 「遠の朝廷 too-no-mikado へ参る。。。」 宮城県多賀城市★多賀城跡 その4

外郭南門から一直線に北へ伸びる道路跡。
政庁跡へ続く上りの階段があります。


===
政庁ー外郭南門間道路跡
多賀城の中枢部である政庁から外郭南門へ
南北にまっすぐ通じる道路で、多賀城の中で最も重要な道路である。

発掘調査の結果、道路幅は、政庁第Ⅰ~Ⅱ期(8世紀)が12m、
第Ⅲ~Ⅳ期(9~10世紀後半)が23mに拡幅されていることが分かっている。
政庁南側斜面は自然石を並べた階段が設けられていた。
また道路には排水用の暗渠も設置されており、
ここから多数の木簡が見つかっている。

現在は政庁第Ⅰ~Ⅱ期の状態に復元整備している。
云々。。。


[そうだ、東北に行こう!その11 「遠の朝廷 too-no-mikado へ参る。。。」  宮城県多賀城市★多賀城跡Ⅰ]の続きを読む
大王神社と見張り台 Vol.Ⅱ★大王わさび農場 その1

こちらも「大王わさび農場」の中。
「大王さまの見張り台」です!
見張り台の下には「大王窟」と「開運洞」という2つの洞窟があります。


=== 案内板より ===
わさび田を守りつづける八面大王
その昔、桓武天皇(西暦785~805年)の頃魏石鬼八面大王という
世にもすぐれた怪力無双の首領が、この地「安曇野」を治めていました。
全国統一を目指す中央政権は、東北侵略をすすめるにあたって、
信濃の国を足がかりとし、沢山のお貢物や無理難題を押しつけ
住民を苦しめました。


大王神社と見張り台 Vol.Ⅱ★大王わさび農場 その2

大王は坂上田村麻呂の率いる優れた武器を持つ軍勢に
歯向かうつもりはなかったものの、
戦いは、大刃や矢を持つ男ばかりか、女、子供まで巻き込み
次々と村は焼き払われていきます。

追い詰められた大王は、わずかばかりの部下をもとない
有明山のふもとの岩屋にこもって力の限り戦いましたが、
ついに山鳥の三十三斑の尾羽で作った矢にあたり倒れてしまいました。


大王神社と見張り台 Vol.Ⅱ★大王わさび農場 その3

八面大王はあまりにも強かったため再び生き返らぬようにと
遺体はバラバラにされ埋められました。
当農場の一角には胴体が埋められたと言われてり、
現在は大王神社として祀られています。

「大王農場」の名前も、この故事にちなんでつけられたものです。
そこで大王が住んでいたと言われる有明山の麓、
宮城の岩屋をそこに再現し、空高く積みあげられた築山を
「大王さまの見張り台」と、名付けました。
頂上からは、わさび田と北アルプスが一望できます。
云々。。。


大王神社と見張り台 Vol.Ⅱ★大王わさび農場 その4

こちらはもう1つの開運洞。
奥行きがありそうです。


[大王神社と見張り台 Vol.Ⅱ  安曇野市★大王わさび農場]の続きを読む
古代、海の民族が安住の地を求め九州から移動し、
ここに住み着いたという長野県安曇野。
ヒジョーに興味深い言い伝えを持つ町であります。

大王わさび農場に祀られている大王様。
海の民族の末裔であり、最後まで全国統一を目論む?朝廷軍と戦った
先住民族の方だったのでしょう。

大王わさび農場 ★安曇野市 その2

=== 案内板より ===
「勇気と優しさ」を秘めた安曇野の雄
魏石鬼八面大王 (ぎしきはちめんだいおう)
その昔、全国統一を目指した大和朝廷が、信濃の国を足がかりに
東北侵略を進めていました。

この地の住民たちは、朝廷軍に沢山の貢物や、無理難題を押し付けられて
大変苦しんでいました。
安曇野の里に住んでいた魏石鬼八面大王は、そんな住民を
見るに見かねてたちあがり、坂上田村麻呂の率いる軍と戦い続けました。
多勢を相手に引けをとることなく戦った大王でしたが、
山鳥の尾羽で作った矢にあたり、とうとう倒れてしまいました。


大王神社と見張り台 その1  安曇野市★大王わさび農場

大王があまりにも強かったため、息を吹き返すことを恐れた朝廷軍は、
大王の体をいくつかの場所に分けて埋めました。

胴体が埋められたという塚が農場の中にあったことから、
この地は大王農場と名付けられ、その塚は後に大王神社として
祭られています。

魏石鬼八面大王は、大王農場の守護神であり、
安曇野を守ってくれた勇士でもあります。
大王の強靭でありながら、人を愛するあたたかな心は、
ここを訪れた人々にきっと伝わっていくことでしょう。
云々。。。


大王神社と見張り台 その2

というわけで、安曇野市「大王わさび農場」の中に鎮座する
「大王神社」です。
こちらの場所が、胴塚だったところなのでしょうか?


大王神社と見張り台 その3

それにしてもこちらの「狛犬」くん、
南国チックな雰囲気であります。


大王神社と見張り台 その4

異国情緒あるれるというか、なんとなくシーサーのような。
信州っぽくないですよねー?!
九州から渡ってきた海の民族の名残りなのかな?
ウムム。。。


[大王神社と見張り台 Vol.Ⅰ  安曇野市★大王わさび農場]の続きを読む
普段、
あまり観光地らしい所には、立ち寄らない方なのですが。。。
せっかく遠くまで来た事ですし、わさび田が見てみた~い!

っと言うことで、やって来ました「大王わさび農場」。
in 安曇野市♪

大王わさび農場 ★安曇野市 その1

正面入口で、魏石鬼八面大王サマがご家族でお出迎え。
コワイ面持ちですが、地元のヒーローなんですよ!


大王わさび農場 ★安曇野市 その5

入ってすぐの売店には、お土産用の採れたてワサビが
並べられています。

売店のお母さんから「わさび どぉ?」と、
今おろしたばかりのワサビを頂だいし、
恐る恐る口に運んでみると。。。


大王わさび農場 ★安曇野市 その4

えーっ!?
苦味が弱くて、爽やかな口当たり!

実はワサビ、大の苦手なんです(汗。。。
が、ここのワサビはホント美味しかった♪


大王わさび農場 ★安曇野市 その6

わさび田へ向かう途中。やはりっ(汗、(汗、
「わさびソフトクリーム」の誘惑には勝てなかった。。。
9月だと言うのに、まだまだ暑いですものね!

ワサビのツブツブがたくさん入っていますが、
辛みはほとんどなく、甘~いんです♪


大王わさび農場 ★安曇野市 その7

ソフトクリームにかぶりつきながら。。。
近くに「水車小屋」を発見!


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そうだ、東北に行こう!その10 「潟沼へ。。。」 ★宮城県大崎市 その4

鳴子観光ホテルの脱衣場前に、
ずいぶん昔の写真が展示してありました。
湖にボートを浮かべ、マッチに使うための硫黄を採取している場面。
へー、湖に硫黄が沸くのですか?!

と、思い立ったら吉日であります。
やって参りましたのは、こちら「潟沼」です!


そうだ、東北に行こう!その10 「潟沼へ。。。」 ★宮城県大崎市 その1

おおーっ!エメラルド色をした湖!!
こんな色、初めて見ました!
綺麗だなー。でも、ゆで玉子臭い。。。


=== 案内板より ===
潟沼の由来
潟沼は鳴子火山の火口湖と考えられる湖で、
周囲を胡桃ヶ岳、尾ヶ岳、松ヶ峰、鳥谷ヶ森に囲まれている。
海抜約306m(湖水面)、深さは約16.2m(最大深度)、長径450m、短径350mの楕円形で
周囲は約1.3km。


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そうだ、東北に行こう!その9 「鳴子温泉、温泉神社」 ★宮城県大崎市 その1

=== 案内碑より ===
延喜式内社 温泉神社縁起
温泉神社の創建は古く、続日本後紀に次のように記されている。
「仁明天皇の御代、承和4年(837)4月、鳥谷ヶ森にわかに鳴動すること数日、
遂に爆発し熱湯を噴出、河となって流れた。

里人は驚いて朝廷に報告した。朝廷は温泉の神を祀り、
この年10月9日從五位下を賜る」と。
里人はこの湯を鳴声(なきご)の湯と称した。
これが現町名鳴子(なるご)の起りである。(宮城県郷土史)


そうだ、東北に行こう!その9 「鳴子温泉、温泉神社」 ★宮城県大崎市 その2

また朝廷では、延喜5年(905)全国の神社を調査した。
その時、延喜式神明帖に登載された神社を延喜式内社と言うが、
当神社は、その延喜式内社で由緒の深い神社である。


そうだ、東北に行こう!その9 「鳴子温泉、温泉神社」 ★宮城県大崎市 その3

明治7年村社に列せられ、昭和19年知事により、神饌幣帛料供進神社に指定された。
祭神の大己貴命は、出雲の神として親しまれる大国主命ともいわれ、
少彦名命と共に縁結びの神、農耕の神、また病気治癒の医療の神として知られ、
多くの人々の篤い信仰を集めてきた。


そうだ、東北に行こう!その9 「鳴子温泉、温泉神社」 ★宮城県大崎市 その4

秋に行われる祭典には、近郷近在から大勢の若者を集め、
寄せ太鼓も賑々しく相撲を奉納することを常とした。
この相撲は
「文治5年(1189)源頼朝が、平泉の藤原泰衡を征討した。
この時、当神社に戦勝を祈願し、ことの成就後神の御加護を謝して、
部下の勇士による相撲を奉納したことに始まる」とされている。
鳴子相撲は九州の「明鳥」東京の「浅草」と並び、
日本の三大田舎相撲の一つとして有名である。
云々。。。


そうだ、東北に行こう!その9 「鳴子温泉、温泉神社」 ★宮城県大崎市 その5

鳴子温泉街に位置する「温泉神社」です!
創建も古い由緒ある延喜式内社の神社さんです。


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そうだ、東北に行こう!その8 「鳴子の湯を楽しみましょう♪」 ★宮城県大崎市鳴子温泉 その1

高台から観る鳴子の温泉街。
向こうの山まで良く観えますねー。

散策に精を出し、疲れた体を癒しに、
やって参りました「鳴子温泉」であります♪
こけしでも有名な温泉の街です。


そうだ、東北に行こう!その8 「鳴子の湯を楽しみましょう♪」 ★宮城県大崎市鳴子温泉 その2

若干、緑がかった乳白色の硫黄泉。

昔、源頼朝に追われ平泉へ向かっていた
義経と静御前の子供の産湯にも使われたと云われている鳴子のお湯。
硫黄泉特有の、ゆで玉子の匂いがしますねー。

さぁさぁ★


そうだ、東北に行こう!その8 「鳴子の湯を楽しみましょう♪」 ★宮城県大崎市鳴子温泉 その3

ふいぃ~。。。

う~ん。。


あ゛ー。。。、しみる~。。




ぶくぶくぶくぶく。。。。。


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そうだ、東北に行こう!その7 「荒脛巾神社っ!!」 ★宮城県大崎市 その7

人には、「他にもっと観るとこあったんぢゃないのー?!」
なんて言われそうですが、
私的には以前よりチェックしていた大事?なポイント★

あれだっ!


そうだ、東北に行こう!その7 「荒脛巾神社っ!!」 ★宮城県大崎市 その6

以前行った同系の神社からも想像していたのですが、
案の定、大きな神社ではありませんでした。

朱色の「鳥居」と「お社」が一つ。。。

そうだ、東北に行こう!その7 「荒脛巾神社っ!!」 ★宮城県大崎市 その1

荒脛巾神社っ!!
アラハバキ神社です!

宮城県、大崎市にある。
ここの地名も「荒脛巾」という。。。
アラハバキ神社、
なんだかここに来れてウレシイ、みたいな♪


=== 案内板より ===
荒脛巾神社 御縁起
祭神
祖神として天、地、水の三神を基とし、
日輪(日、月星)を父なる神、万物を育む地、水(山海)を母なる神とする。
自然信仰で、2000年に及んで鎮座する産土(うぶすな)神であります。


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Okatte 餘波(なごり) ☆足利市 その1

♪なごり雪もぉ 降る時を知り~、
ふざけぇすぎたぁ 季節の後でぇ、♪ by イルカ

今回、2回目となります、
足利市の「餘波・なごり」さん。
チョイとお洒落な雰囲気の居酒屋さんです♪

今回写真がずいぶんと黄色がかってしまいましたデス。
セッティング間違えたかな(汗

というわけで、さっそくお通しの「鶏ムネ肉の甘辛酢ソース」。
オリジナルの辛ぁ~いドレッシング。
ちょっと辛口で後を引く美味しさ☆
酢が絶妙にいい感じで、コレは美味しいかも。。。

Okatte 餘波(なごり) ☆足利市 その2

グラス生ビールをほぃほぃとやっつけて。
今夜は日本酒で攻めましょう!
先ずは三重県の「瀧自慢・純米 プラウド」。
すうっとキレて行く辛口のお酒。んまいっ★

オツマミはお店のオススメを2~3品。
「新玉葱と豆腐のサラダ仕立て」です。

Okatte 餘波(なごり) ☆足利市 その3

フレッシュ、シャリシャリの玉葱の下からは、
ほらっ、お豆腐。
白に白が重なって、見た目も綺麗♪
チョイとお醤油をかけて。。。
とても濃厚で、クリーミィなお豆腐であります。

Okatte 餘波(なごり) ☆足利市 その4

「スルメイカの肝焼」。
飲み師の皆さんが喜ぶ、オヤジ系のオツマミが揃う店?
とは聞いていましたが、さすがデス。
肝焼デス。

レモンをこれでもかっ、というくらいに絞って。
濃厚な味わいの肝をからめていただきましょう!
イカはプリップリでやわらかぁ~。

で、瀧自慢、もう1杯★


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そうだ、東北に行こう!その3 「奥州藤原文化の決定版!!」 岩手県平泉町★中尊寺 その37

中尊寺境内にある「白山神社」です。


そうだ、東北に行こう!その3 「奥州藤原文化の決定版!!」 岩手県平泉町★中尊寺 その38

こちらで特に印象深いのは。。。


そうだ、東北に行こう!その3 「奥州藤原文化の決定版!!」 岩手県平泉町★中尊寺 その39

この「能舞台」。
1853年に、伊達藩によって再建されたと云います。


そうだ、東北に行こう!その3 「奥州藤原文化の決定版!!」 岩手県平泉町★中尊寺 その40

う~ん。。。



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そうだ、東北に行こう!その3 「奥州藤原文化の決定版!!」 岩手県平泉町★中尊寺 その27

3000点以上の重要文化財を収蔵する讃衡蔵。
あの時代にこれだけのものがあったんだぁ~、と感動すつつ、
いよいよこちらは「金色堂」であります。



そうだ、東北に行こう!その3 「奥州藤原文化の決定版!!」 岩手県平泉町★中尊寺 その28

=== リーフレットより ===
国宝 金色堂
天治元年(1124)の造立で、中尊寺創建当初の唯一の遺構です。
皆金色の阿弥陀堂は、荘厳の限りが尽くされ、
まさに極楽浄土を現世にあらわしています。


そうだ、東北に行こう!その3 「奥州藤原文化の決定版!!」 岩手県平泉町★中尊寺 その29

ご本尊は阿弥陀如来。その前に観音菩薩、
勢至菩薩、左右に3体ずつの六地蔵、最前列には
持国天と増長天が仏界を守護しています。

仏壇(須弥壇)・4本の巻柱、長押は螺鈿細工・蒔絵の粋が施されています。
夜光貝(螺鈿)・紫檀・アフリカ象の象牙などの材料は、
当時の交易の広さを物語ります。


そうだ、東北に行こう!その3 「奥州藤原文化の決定版!!」 岩手県平泉町★中尊寺 その30

中央の須弥壇の中に初代清衡公、向かって左の壇に2代基衡公
右に3代秀衡公の御遺体と泰衡公の首級が納められています。
云々。。。


ゴールドで覆いつくされたこの金色堂の中に、
奥州藤原氏4代の御遺体が納められているというのは
なんとも衝撃的でありました!
感動★★★


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そうだ、東北に行こう!その3 「奥州藤原文化の決定版!!」 岩手県平泉町★中尊寺 その13

=== リーフレットより ===
中尊寺
天台宗東北大本山。山号を関山といい、慈覚大師を開山(開基850年)とします。
12世紀のはじめ、奥州藤原氏の初代清衡(きよひら)公が
多宝塔や二階大堂など多くの堂塔を造営しました。


そうだ、東北に行こう!その3 「奥州藤原文化の決定版!!」 岩手県平泉町★中尊寺 その14

その趣旨は、前九年の・後三年という
長い戦乱で亡くなった人の霊をなぐさめ、
仏国土を建設するものでした。


そうだ、東北に行こう!その3 「奥州藤原文化の決定版!!」 岩手県平泉町★中尊寺 その15

14世紀に惜しくも堂塔は焼失しましたが、
なお金色堂はじめ3000余点の国宝や重要文化財を伝える
平安美術の宝庫です。
云々。。。


そうだ、東北に行こう!その3 「奥州藤原文化の決定版!!」 岩手県平泉町★中尊寺 その18

たくさんの方がお参りされています。


そうだ、東北に行こう!その3 「奥州藤原文化の決定版!!」 岩手県平泉町★中尊寺 その16

「蓮池」。


そうだ、東北に行こう!その3 「奥州藤原文化の決定版!!」 岩手県平泉町★中尊寺 その17

参道より本堂を観る。。。


=== 案内板より ===
本堂
明治42年(1909)の再建。
中尊寺の山内17ヶ院を包括する中心道場。
奥州藤原氏の追善、天台宗各祖師の御影供、正月修正会など、
一山の法要はほとんどがここで勤修される。

また写経・坐禅の修行道場でもある。
本尊は阿弥陀如来。
壇の両脇には、総本山比叡山延暦寺より分灯された
「不滅の法灯」が護持されている。
云々。。。


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=== 案内板より ===
中尊寺境内
前九年合戦・後三年合戦の後、奥州藤原氏初代清衡公は、
奥州世界の中心、関山丘陵に中尊寺の造営を始め、
大伽藍を完成させました。
「吾妻鏡」に記される堂塔40余宇、禅坊300余宇のうち、
金色堂が現存するほか、発掘調査で平安後期(12世紀)の
堂宇跡や、大池、三重の池などの園池跡が確認されています。

境内は、周囲約5.4キロメートル、面積約134万平方メートル
におよびます。
平安後期における奥州藤原氏の東北経営を考える上での
重要な歴史的意味に鑑み、特別史跡に指定されています。
云々。。。


そうだ、東北に行こう!その3 「奥州藤原文化の決定版!!」 岩手県平泉町★中尊寺 その1

いよいよやって参りました「中尊寺」です!
まさしく奥州藤原文化の決定版!

そうだ、東北に行こう!その3 「奥州藤原文化の決定版!!」 岩手県平泉町★中尊寺 その2

にわか雨の降る中「月見坂」を上って行きます。

サーッ、と小雨が舞ったと思うと
木漏れ日がさしたり、とても幻想的な雰囲気。。。
すんごい蒸し暑いのですが。。。(汗


そうだ、東北に行こう!その3 「奥州藤原文化の決定版!!」 岩手県平泉町★中尊寺 その3

「八幡堂」。

===
八幡堂の由来
やおよろずの神々の中で、八幡神は最も早く仏教にとけ込み、
八幡大菩薩と尊崇されてまいりました。
祭神を応神天皇とする伝統的信仰から、皇室の祖神、国家の守護神として、
ことに源氏の氏神として、八幡宮は諸国に造建され、
広く信仰されてきました。
天喜5年(1057)鎮守府将軍源頼義、義家、安倍氏追討のためこの地に至り、
ここ月見坂で戦勝を祈願しました。
いわゆる前九年の戦です。
かくて長い戦いを収め、勝利の記念に京都岩清水から迎えたのが
鎌倉の八幡宮です。

~中略~
明治の神仏分離で、八幡堂と称し阿弥陀如来尊像も合祀
庶人の熱心な御信仰をいただいております。
云々。。。

そうだ、東北に行こう!その3 「奥州藤原文化の決定版!!」 岩手県平泉町★中尊寺 その4

弁慶堂手前の「総門跡」。


そうだ、東北に行こう!その3 「奥州藤原文化の決定版!!」 岩手県平泉町★中尊寺 その5

そうだ、東北に行こう!その3 「奥州藤原文化の決定版!!」 岩手県平泉町★中尊寺 その6

「弁慶堂」。
こちらのお堂には鳥居があり、狛犬クンもいらっしゃるのです。

===
由緒
この堂は通称弁慶堂という文政9年の再建である。
藤原時代五方鎮守のため火伏の神として本尊勝軍地蔵菩薩を祀
愛宕宮と称した傍らに義経公と弁慶の木像を安置す。
云々。。。




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