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上田市 信濃国分寺史跡公園にて 5

上田市にある「信濃国分寺跡史跡公園」。
発掘調査で出土した遺物は、
こちらの資料館に展示されています♪

上田市 信濃国分寺史跡公園にて 6


上田市 信濃国分寺史跡公園にて 7

葉っぱが綺麗に紅葉してます~♪

上田市 信濃国分寺史跡公園にて 10

=== 案内板より ===
信濃国分寺跡史跡公園(国指定史跡)
国分寺は天平13年(741年)、聖武天皇発布の詔勅にあるように
「造塔の寺は、兼ねて国の華なり、必ず好処を択びて、実に長久なるべし」と、
国の華である国分寺はその国の最も良い場所が選ばれ、
信濃の国では、今の上田市が選ばれた。

昭和38年から同46年までの発掘調査の結果、
中門・金堂・講堂・回廊・塔・僧房・築地塀・尼房・経蔵・北門などの遺構を
確認あるいは推定することができ、寺域は、僧寺がおよそ東西176メートル、
南北178メートル、尼寺は東西148メートル、南北150メートルと判明した。
云々。。。


===
信濃国分寺三重塔
「将門記」という本に、平将門と平貞盛が信濃の国の国分寺川原で
戦ったと記されている。
信濃国分寺が今の場所に移ったのは、この合戦で焼失されてからともいわれている。
境内に建つ三重塔は、源頼朝が善光寺参詣の途中寄進したという
伝説を持つが、様式からみて室町時代に建てられたものだろうという。
1月7日、8日の縁日には、全国で唯一の珍しいお守り蘇民将来符(そみんしょうらいふ)
が売られ、土地の人には、この縁日もこの寺も親しみをこめて「八日堂・ようかどう」と呼んでいる。
云々。。。

上田市 信濃国分寺史跡公園にて 8

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僧寺講堂跡
高さ約50cmの基壇と、本来50個ある礎石のうち27個が
良好な状態で残っていました。
基壇の周囲には玉石敷きの雨落溝も良好に検出されました。
云々。。。

上田市 信濃国分寺史跡公園にて 9

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僧寺金堂跡
基壇周囲の一部には石組みの雨落溝や石敷遺構が
きわめて良好に検出されました。
また、石段の部材と思われる擬灰石の切石も発見されています。
云々。。。


さすが、国分寺跡っ!
遺構だらけでありますっ!

そして、こちらの向かいにも、
道路の向こうにちょっと変わった観察施設がありました★


[上田市にて、お寺さん巡り、その18  上田市★信濃国分寺跡史跡公園]の続きを読む