小さな渓谷ですが、とても綺麗な風景のある
「憾満ヶ淵」です。
冷たい空気がとても心地良いです。
あぁ、気持ちイイ♪
向こうに屋根がちょこっと見えます、
あれが「霊庇閣・れいひかく」です。
=== 案内板より ===
霊庇閣
承応3年(1654)慈雲寺創建のとき、晃海大僧正が建立した
四阿(あずまや)造りの護摩壇で、対岸の不動明王の
石像に向かって天下泰平を祈り護摩供養を行った。
この2メートル余りの不動明王像は今はない。
当時の建物も流失し、礎石のみになっていたが、
昭和46年に、輪王寺によって復元された。

===
弘法の投げ筆
対岸の絶壁に刻まれた「かんまん・不動明王を表す」
の梵字は、弘法大師が筆を投げて彫りつけたという伝説があるが、
実は、この地を開いた晃海(こうかい)が能書家の山順僧正の書した
梵字を刻ませたもので、晃海と空海(弘法大師)の
音が似ていたため誤ったのであろう。
云々。。。

ホント、綺麗ですねー。

===
憾満ヶ淵(かんまんがぶち)
男体山から噴出した溶岩によってできた奇勝で、
古くから不動明王が現れる霊地といわれる。
川の流れが不動明王の真言を唱えるように響くので、
晃海大僧正が真言の最後の句の「カンマン」を取り
憾満(かんまん)ヶ淵と名付けたという。

晃海はこの地に慈雲寺や霊庇閣(れいひかく)、不動明王の大石像などを
建立したもので、往時は参詣や行楽の人々で賑わった。
元禄2年(1689)松尾芭蕉も、奥の細道行脚の途中立ち寄っている。
「含満」とも書くので「がんまん」と濁って読まれることが多いが、
命名の由来から考えると、「かんまん」と読むのが正しい。
云々。。。
「憾満ヶ淵」です。
冷たい空気がとても心地良いです。
あぁ、気持ちイイ♪
向こうに屋根がちょこっと見えます、
あれが「霊庇閣・れいひかく」です。
=== 案内板より ===
霊庇閣
承応3年(1654)慈雲寺創建のとき、晃海大僧正が建立した
四阿(あずまや)造りの護摩壇で、対岸の不動明王の
石像に向かって天下泰平を祈り護摩供養を行った。
この2メートル余りの不動明王像は今はない。
当時の建物も流失し、礎石のみになっていたが、
昭和46年に、輪王寺によって復元された。

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弘法の投げ筆
対岸の絶壁に刻まれた「かんまん・不動明王を表す」
の梵字は、弘法大師が筆を投げて彫りつけたという伝説があるが、
実は、この地を開いた晃海(こうかい)が能書家の山順僧正の書した
梵字を刻ませたもので、晃海と空海(弘法大師)の
音が似ていたため誤ったのであろう。
云々。。。

ホント、綺麗ですねー。

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憾満ヶ淵(かんまんがぶち)
男体山から噴出した溶岩によってできた奇勝で、
古くから不動明王が現れる霊地といわれる。
川の流れが不動明王の真言を唱えるように響くので、
晃海大僧正が真言の最後の句の「カンマン」を取り
憾満(かんまん)ヶ淵と名付けたという。

晃海はこの地に慈雲寺や霊庇閣(れいひかく)、不動明王の大石像などを
建立したもので、往時は参詣や行楽の人々で賑わった。
元禄2年(1689)松尾芭蕉も、奥の細道行脚の途中立ち寄っている。
「含満」とも書くので「がんまん」と濁って読まれることが多いが、
命名の由来から考えると、「かんまん」と読むのが正しい。
云々。。。

















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