一之宮貫前神社にあった、
「勅額鳥居・ちょくがくとりい」と「勅使門・ちょくしもん」。

=== 案内板より ===
勅額鳥居
勅額鳥居は清和天皇の御宸筆による額が
掲げられていたことから、この名前が付いたと伝えられ、
元々は一之宮大字田島字鳥居にあったものを
寛永12年(1635)に移築したものである。
現在の額は明治6年(1873)に
有栖川宮幟仁親王(ありすがわのみやたかひとしんのう)の
御染筆の神号額が掲げられている。
勅使門(不明門・あかずのもん)
勅使門は朱雀天皇の御代(930〜946)奉幣の為
勅使参向の際に設けられた。
勅使参向の時のみ開かれ
普段は開門されないことから「不明門」と称されたと云う。
現在では、春と冬の御戸開祭と流鏑馬祭の年3回開門される。
「勅額鳥居・ちょくがくとりい」と「勅使門・ちょくしもん」。

=== 案内板より ===
勅額鳥居
勅額鳥居は清和天皇の御宸筆による額が
掲げられていたことから、この名前が付いたと伝えられ、
元々は一之宮大字田島字鳥居にあったものを
寛永12年(1635)に移築したものである。
現在の額は明治6年(1873)に
有栖川宮幟仁親王(ありすがわのみやたかひとしんのう)の
御染筆の神号額が掲げられている。
勅使門(不明門・あかずのもん)
勅使門は朱雀天皇の御代(930〜946)奉幣の為
勅使参向の際に設けられた。
勅使参向の時のみ開かれ
普段は開門されないことから「不明門」と称されたと云う。
現在では、春と冬の御戸開祭と流鏑馬祭の年3回開門される。
















