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やって参りました「生品神社」。
新田義貞がここで挙兵したという有名な神社ですねー。

太田市 新田荘遺跡 生品神社 1

新田義貞の銅像。
稲村ヶ崎の竜神へ、黄金造りの太刀を捧げるシーン。
「太平記」には〜
上野国(群馬県)の新田義貞が鎌倉攻めの時に、
稲村ヶ崎を越えられず潮が引くのを念じて剣を投じると、その後潮が引いたので
岬の南から鎌倉に攻め入ったと、記されているそう。

稲村ヶ崎は神奈川県鎌倉市にある岬ですね。

太田市 新田荘遺跡 生品神社 3

=== 案内板より ===
新田義貞が後醍醐天皇の綸旨を受けて、元弘3年(1333)5月8日、
鎌倉幕府(北条氏)討伐の旗挙げをしたところが生品神社境内です。
昭和9年に建武の中興600年を記念して
「生品神社境内 新田義貞挙兵伝説地」として史跡に指定されましたが、
平成12年に「新田荘遺跡 生品神社境内」として、面積を広げて指定されました。
義貞が旗挙げを行った時はわずか150騎でしたが、越後の新田一族などが加わり、
たちまち数千騎となって、15日間で鎌倉幕府を攻め落としたといわれています。
神社境内には、旗挙げ塚、床几塚があり、
拝殿の前には義貞が旗挙げの時に軍旗を掲げたと伝えられるクヌギの木が保存されています。
現在では、義貞挙兵の故事にならい、毎年五月八日、氏子によって鏑矢祭が行われています。
平安時代に編集された「上野国神名帳」に「新田郡従三位生階明神」と書かれていることから、
神社は平安時代には存在していたと指定されます。

新田義貞が歴史の表舞台に出て行く瞬間です。
すごいネ★