
足利義兼(よしかね)が建てたという法界寺。
樺崎にあるので樺崎寺ともいわれています。
廃寺となっていますから正確には(跡)です。
現在、発掘、調査が行われており、近い将来復元されるというお話です。早く見たいですね。
ここに足利義兼さんの供養等があったはずなのですが、あれ?
近くにいた発掘調査員の方に聞いてみると、なんでも青ゴケ等、損傷があり、別の場所で修復保存しているとのことでした。ちょっと残念。
案内板より。。。
「石造層塔 一基(推定 足利義兼 供養等)」
初重軸部に笠、軸の石を二つ重ねている。
上部は欠損し、もとの層級は判らない。
・・・中略
この地が足利義兼の菩提寺であれば、この塔は義兼公の霊塔にふさわしい。

法界寺跡と同じ敷地内に樺崎八幡宮があります。
案内板より。。。
「樺崎八幡宮」
足利義兼(よしかね)は、晩年鑁阿(ばんな)と号し建久年間生母菩提のため、理人上人(りしんじょうにん)を開山として法界寺を創建しました。
法界寺は鑁阿寺を壇上とした奥の院で、義兼自身もここに住み、念仏三昧(ざんまい)し、正治元年に当地で入寂(にゅうじゃく)しました。
樺崎八幡宮は、義兼の入定(にゅうじょう)後、子の義氏(よしうじ)によって八幡神を合祀(ごうし)したことに由来します。
法界寺は、明治以降廃寺となりましたが、この地は樺崎八幡宮を含めて、足利源氏関係の遺跡として極めて貴重なものです。


















