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ウワサのBECCAN。ブログbeccanです。グルメ、おサケな話、チマタの話題などなど。

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大宝院塚。[沼田市]

沼田市です。

国道291号沿いの石材屋さんの看板の近く。
静かに佇んでいる小さな祠があります。
こちらが「大宝院塚」です。


=== 案内碑より ===
大宝院塚由来
大宝院は利根郡新治村須川の駒形山大宝院宝蔵寺の院号であり
この塚は同院住職第6世の権大僧都昌月覚端法印が
今から300年前 此処で石子詰めにされて絶命 
地元恩田の人々が遺骸を葬り霊魂を弔い 大宝院塚と呼び供養をつづけている



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川田神社。[沼田市]

沼田市です。

「川田城跡」に続いてやって参りました、
川田神社」であります。
正面、鳥居の手前、大きなケヤキが出迎えてくれます。


=== 案内板より ===
川田神社の大ケヤキ
目通り  9.28m
根本廻り 12.05m
樹高   12.53m
枝張り東西 22.50m
枝張り南北 11.55m
指定時は(目通り9.5m、根本廻り13m、樹高21.2m、枝張り東西31.8m、南北33m)



川田神社。[沼田市]

県下でも屈指のケヤキの巨樹であった。
樹齢は500年以上と推定される。
ケヤキはニレ科に属し、日本の特産種であり、山中に多い落葉樹で大木になる。
云々。。。


若狭の国(福井県)から来た、
八百比丘尼が植えたという伝説もあるのだそうです。



川田神社。[沼田市]

「拝殿」。



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川田城跡。[沼田市]

沼田市です。
川田城跡」にやって参りました。


=== 案内板より ===
川田城跡
川田城は、沼田氏の一族川田氏が築いたと伝えられ、下川田町字五段田にある。
崖端城であるが本丸を崖端に寄せることなく、
本丸は東西100m、最大幅75mの五画形をなし、壕をめぐらし、
帯曲輪を構えた特異な構造である。
東に半月型の小郭がつき、薬師堂があり、加沢平次左衛門の墓もある。

沼田氏系図には、沼田景久 - 川田景信 - 信光 – 信清 – 光清 – 光行とあるが、
天文21年(1552)北条氏沼田侵攻により滅亡したのであろう。
城主は、山名信濃守義季から祢津幸直となり、沼田城西の守りとして、
真田勢、北条勢の激戦地となり、山名主水ほか他侍が多く討死した。
天正18年(1590)真田信幸が沼田城主となり、一領国一城により廃城となった。
云々。。。


民家の庭先に建っていた案内板であります。。。



以前のお城はこちらから。
直江兼続公伝世館。[新潟県南魚沼市]
以前の沼田市はこちらから。
栗生八幡宮。[沼田市]

【川田城跡】
@群馬県沼田市下川田町

鍛屋地2号古墳。[利根郡昭和村]

利根郡昭和村です。

田舎の風景が広がっております。
いい天気だぁー。



鍛屋地2号古墳。[利根郡昭和村]

「五鈴鏡出土古墳」からほどなく、
鍛屋地2号古墳」にやって参りました。



鍛屋地2号古墳。[利根郡昭和村]

史跡公園になっているんですねー。
古墳自体は、墳丘は無く、石室がそのまんまです。


=== 案内板より ===
鍛屋地2号古墳
本古墳は鎌沢・川額地区土地改良総合整備事業に伴い、
平成5年度に発掘調査した円墳である。



鍛屋地2号古墳。[利根郡昭和村]

主体部は自然石乱石積両袖型横穴式石室で、
玄室の中央より奧壁よりには強い胴張が認められる。
開口部には小口積みされた閉塞が確認され、
天井部は奧壁よりの一枚がバランスを失った状態で残っており、
ほかは石室の内外に崩落していた。
奧壁は山石一枚を立てた状態であった。
側壁は玄室の奧壁よりの最下段が大ぶりの石を横積み、
袖寄りの最下段が平積み、羨道の最下段が平積みもしくは小口積み、
床面は扁平な河原石を敷石とし、
その上に玉砂利混じりの黒褐色土を敷設していた。
玄室と羨道の境には、河原石の割石を二石用いて梱石としていた。



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五鈴鏡出土古墳。[利根郡昭和村]

利根郡昭和村です。

お天気も良く、まさに古墳日和♪
本日のお目当ては「五鈴鏡出土古墳」です。

こちら。



五鈴鏡出土古墳。[利根郡昭和村]

う~ん、これは、、、
もはや古墳の形ではありません、
古墳跡、みたいな(汗、、、



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