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ウワサのBECCAN。ブログbeccanです。グルメ、おサケな話、チマタの話題などなど。

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かみつけの里博物館。[高崎市]

八幡塚古墳を堪能した後は、
かみつけの里博物館」へ♪


かみつけの里博物館。[高崎市]

かみつけの里博物館。[高崎市]

こちらの博物館には県内各地からの発掘遺物や、
パノラマなどの復元模型が展示されています。


=== 案内板より ===
模型は、高崎市の下芝遺跡群、諏訪西遺跡、西国分Ⅱ遺跡、
渋川市の中筋遺跡、黒井峯遺跡などの調査から諸要素を取り出して復元した
古墳時代の一般的なムラの姿である。
ムラには様々な形態があるが、ここでは竪穴住居1軒に
柵で囲まれた施設群が付属する形を基本単位とした。
柵の中には、祭祀場と畑、複数の平地建物
(住居・作業小屋・倉庫・家畜小屋)などがある。
こうした単位が集まり、道で結ばれムラとなっている。
ムラには共同の水場や大祭祀場があり、周りには畑が広がる。
畑地帯の範囲は予想以上に広く、ヒエ・アワ・キビ・ソバなどの雑穀、
菜・芋・根菜などの野菜が、稲と共に、王と民の経済を支えたようだ。
云々。。。


かみつけの里博物館。[高崎市]

「祭祀に使われた土器」。



かみつけの里博物館。[高崎市]

「住まいの中の道具類」。



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保渡田古墳群 八幡塚古墳。[高崎市]

高崎市にある「八幡塚古墳」です。
保渡田古墳群の中の1つ。


=== 案内板より ===
史跡保渡田古墳群 八幡塚古墳
国指定史跡 保渡田古墳群とは
榛名山東南の麓、群馬県群馬町保渡田・井出にある3つの前方後円墳の総称。
いずれも墳丘の長さ100m級の大型古墳である。5世紀後半に、
二子山古墳→八幡塚古墳→薬師塚古墳の順で相次いで造られ、
この地に有力な豪族がいたことを示している。



保渡田古墳群 八幡塚古墳。[高崎市]
整備前の八幡塚古墳 昭和55年頃 南西より


保渡田古墳群 八幡塚古墳。[高崎市]
整備が進む八幡塚古墳 平成9年 北東より


保渡田古墳群 八幡塚古墳。[高崎市]
整備が進んだ八幡塚古墳 平成11年3月

八幡塚古墳の復元整備
かつて、この古墳は大きく削られていた。
そのため史跡公園の全体計画にあたり、この古墳に限って、
造られた時の姿に復元し、活用することが決定された。
5カ年らわたる発掘調査結果を基に、古墳に保存用の土を厚く盛って、
築造時の姿に復元整備した。
云々。。。



保渡田古墳群 八幡塚古墳。[高崎市]

今から1500年前につくられた八幡塚古墳
八幡塚古墳は、南東1kmにある三ツ寺Ⅰ遺跡(巨大な館)に住み、
榛名山東南麓・井野川流域を治めた豪族の墓である。
当時、群馬県地域(上毛野・かみつけの)は国内でも有力な地域であった。
八幡塚古墳の被葬者は、古墳の充実度からみて、
この頃、上毛野各地に勢力を持った豪族達の中でも
代表的な人物であったと考えられる。


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宝塔山古墳。[前橋市]

住宅の後ろに見えるのが「宝塔山古墳」です。
蛇穴山古墳のすぐお隣。



宝塔山古墳。[前橋市]

=== 案内板より ===
宝塔山古墳推定復原図
この古墳は7世紀中頃に造られた方墳で、3段に築かれたと推定されます。
南面の中腹に開いている横穴式石室は、
石をていねいに加工して組み合わせたものです。
その内部には、仏教の影響を受けたとみられる削りこみをもつ家形石棺があります。
また古墳の頂上部には総社領主秋元長朝をはじめ歴代の墓地があります。
云々。。。



宝塔山古墳。[前橋市]

ささ、参りましょう。


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蛇穴山古墳。[前橋市]

前橋市にある「蛇穴山古墳」です。



蛇穴山古墳。[前橋市]

=== 案内板より ===
国指定史跡 蛇穴山古墳推定復原図
今から約1300年前、古墳時代の終末期に造られた一辺が約40mの方墳。
墳丘に葺石があり、石材加工技術のすばらしい横穴式石室をもつ。
云々。。。



蛇穴山古墳。[前橋市]

=== 案内碑より ===
史跡 蛇穴山古墳
一辺の長さ約40mの方墳である。
埋葬主体部は横穴式石室であるが、羨道を欠き、玄門と玄室とからなる
特殊な形をとっている。



蛇穴山古墳。[前橋市]

玄門の前には、羨道の痕跡ともみられる構造と
ハの字形にひらく前庭がある。



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二子山古墳。[前橋市]

前橋市にある「二子山古墳」です。
通称・総社二子山古墳。



二子山古墳。[前橋市]

=== 案内板より ===
二子山古墳推定復元図
この古墳は6世紀後半から終末に造られた前方後円墳で、
周囲には堀がめぐらされています。
前方部の自然石を積んだ横穴式石室と、後円部の加工した石を使用した
横穴式石室を持つ全国的にも珍しい古墳です。
云々。。。



二子山古墳。[前橋市]

=== 案内碑より ===
史跡 二子山古墳(総社)
2段に築造された前方後円墳である。
その規模は現状で全長約90m、前方部前幅61m、後円部径44mであり、
前方部が大きく張り出している。


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