ウワサのBECCAN。ブログbeccanです。グルメ、おサケな話、チマタの話題などなど。

2018/01123456789101112131415161718192021222324252627282018/03

本郷古墳。[足利市]

前回の「愛宕神社」から程なくです。
本郷古墳」にやって参りました。

周りを住宅に囲まれていて、どこから入ったら良いのかな?(汗、、、
で、ようやく接近 (=゚ω゚)ノ


本郷古墳。[足利市]

古墳への入口に案内がありましたっ♪


=== 案内板より ===
本郷古墳(ほんごうこふん)
およそ1400年から1300年前頃に造られた、
この地区の力のある立派な人のお墓と思われる。

その頃この辺は本郷と呼ばれ、中心となるところで
あったといわれている。

●時代 7世紀
●形状 円墳
●規模
面積530㎡、周囲78.2m、高さ3m
云々。。。


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愛宕神社。[足利市山下町]

足利市にある「愛宕神社」です。

こんもりとしたお山の上に建つ神社さん。
鳥居から参道の石段を上がります。


愛宕神社。[足利市山下町]

愛宕神社。[足利市山下町]

石段を上りきったところに案内が。。。
なんとこちら、
ただのお山ではなくて、古墳だったんですねー。
おぉ。

=== 案内板より ===
愛宕神社古墳
時代は7世紀
形状 方墳
1. 面積 3アール
2. 東西36.3メートル、南北32.8メートル、高サ4.4メートル
云々。。。


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馬洗い場跡。[太田市]

太田市、東長岡町を走る〝例幣使街道〟。
この道中にひとつの石碑が建っています。
馬洗い場跡」の碑。


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井原鑓溝遺跡推定地。[福岡県糸島市]

「三雲南小路遺跡」のすぐ南。
井原鑓溝やりみぞ遺跡推定地」があります。


=== 案内板より ===
井原鑓溝遺跡推定地
糸島市井原字ヤリミゾ・三雲字ヤリミゾ地内
井原鑓溝遺跡は江戸時代の天明年間(1781~1788年)に甕棺が
発見された遺跡です。
甕棺は当時の三雲村との境界に近い井原村の鑓溝で発見されたとされ、
その経緯は福岡藩士の青柳種信が書き記した「柳園古器略考」に
伝聞記として記されています。


井原鑓溝遺跡推定地。[福岡県糸島市]
青柳種信の肖像画

「日照り続きであったある日のこと、井原村の百姓であった次市が
田に水を引き入れようと水路の土手をつついたところ、
その一角が崩れて大きな壺が顔を出し、中から赤色の顔料(水銀朱か?)
とともに20面を超える銅鏡や鎧のような鉄板などが出土した。」

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三雲小路遺跡。[福岡県糸島市]

内容の濃い遺跡が、良くひと所に集中してあるものだなぁ、
と感心させられます。
平原遺跡に続いてやって参りました「三雲南小路遺跡」です。

こんもりとした小山があるとかではなく、
ここにありましたョ、的な平面復元です。


=== 案内板より ===
三雲南小路遺跡
- 国内最大級の弥生王墓 -
三雲南小路遺跡は、弥生時代中期末(約2000年前)の伊都国王の墓で、
墓の周囲に幅3~4m・深さ0.5~0.7mの溝で、東西32m・南北31mの
方形区域を設けた国内最大級の弥生王墓です。
江戸時代(1822年)に発見された時には甕棺の上に
1.5mほどの盛土があったとされ墳丘があったと推定されます。


三雲小路遺跡。[福岡県糸島市]

墳墓の中央部には2基の長特大の合わせ口甕棺(全長2.5mほど)があって、
1号甕棺から35面、2号甕棺から22面、合わせて57面にのぼる前漢鏡、
青銅製武器、金銅製四葉座飾り金具、ガラス製壁、装身具など
豪華な副葬品が出土しました。


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