FC2ブログ
ウワサのBECCAN。ブログbeccanです。グルメ、おサケな話、チマタの話題などなど。

2020/02123456789101112131415161718192021222324252627282930312020/04

○ ブログBECCANへようこそ ○

美味しいもの好きなBECCANでは、レストラン、居酒屋、屋台などなど、いろいろなお食事処を紹介しています。

★★★ オススメエントリー アートな方々 ★★★
赤城山麓の工房にて。
関和さんの個展 #桐生市
“土取利行×石坂亥士 Live at 有鄰館煉瓦蔵
ポストカードをイタダキマシタ。
漆工房の店 くぼた #足利市



春日山 林泉寺。[山形県米沢市]

山形県米沢市です。
「上杉家廟所」に続いてやって参りました、
春日山 林泉寺」です。


=== 案内板より ===
春日山林泉寺
上杉謙信の祖父長尾能景が、父重景の菩提を弔うため、
明応5年(1496)に春日山城に(新潟県上越市)の麓に開基した曹洞宗寺院。
その後、上杉氏と共に会津、米沢に移る。



春日山 林泉寺。[山形県米沢市]

上杉家の菩提寺であり、藩主奥方や子女、
上杉支侯家(米沢新田藩主)の廟所の外、直江山城守兼続夫妻の墓や
武田信玄の六男信清の墓(共に県指定の史跡)、長尾家・杉原家・吉江家・
甘粕家など上杉家重臣の墓が数多くある。
斜平山を借景とした庭園は、米沢三名園の1つに数えられている。
云々。。。



春日山 林泉寺。[山形県米沢市]

米沢、上杉氏ゆかりの方のお墓があるお寺さんですねー。
では、参りましょう。
こちらは「上杉家廟所」です。



春日山 林泉寺。[山形県米沢市]

4代綱勝公室、老中保科正之の娘
「会津夫人媛姫」のお墓。



春日山 林泉寺。[山形県米沢市]

鷹山公後室、米職の垂範元祖
「お豊の方」。


=== 案内板より ===
鷹山側室お豊の方の墓
お豊の方は、寛保元年(1741)1月17日、
4代藩主綱憲の六男勝延を父として米沢で生まれました。
明和7年(1770)6月14日、30歳で、10歳年若い鷹山の側室となり直丸(顕孝)・
寛之助の二子をもうけますが、いずれも19歳、2歳と早世しています。
鷹山には、江戸に正室(8代藩主重定の子幸姫)がいましたが、
お豊の方は鷹山のこよなき理解者であり、
その改革を支える内助の功(養蚕の奨励など)が今日なお語り継がれています。
また、お豊の方は詩歌に通じ、麗之の名で歌を残しています。
年ごとに 栄えますらん 国民も 
にぎはふ今日の 君のめぐみに
鷹山とともに領民に敬愛されたお豊の方は、文政4年(1821)12月17日、
81歳で逝去しました。法名、浄鏡院殿真影不空大姉。
鷹山は次のような悼歌を手向けています。
老いぬれば おくれ先だつ 世の中に
心なおきそ 死出の山みち
云々。。。



[春日山 林泉寺。[山形県米沢市]]の続きを読む
蕎麦切り 稲おか。March. 2020、その3 [足利市]

「蕎麦前盛り合わせ」、9点盛りです。

「きんぴらごぼう」、「サバの冷燻製」、「クリームチーズのたまり醤油漬け」、
「お漬物」、「青大豆の浸し豆」、「牡蠣のオイル漬け」、
「玉子焼き」、「鴨ロース」、
そして真ん中に陣取る「しらすおろし」でございます (=゚ω゚)ノ

さぁ、日本酒をチビチビ飲ろう。
〝菊姫〟〝鳳凰美田〟〝鍋島〟etc。。。
どれもオイシイ♪



蕎麦切り 稲おか。March. 2020、その3 [足利市]

手打蕎麦のお店「蕎麦切り 稲おか」さん。
連チャンでございます。
昨日に続いて、それはなぜか?!

常陸秋蕎麦、キタノマシュウ、そしてそして、、、



[蕎麦切り 稲おか。March. 2020、その3 [足利市]]の続きを読む
蕎麦切り 稲おか。[足利市]

手打蕎麦のお店「蕎麦切り 稲おか」さんです。
先日お邪魔したばかりですが、またやって参りました (=゚ω゚)ノ

先ずは「蕎麦湯割り」、
「蕎麦前盛り合わせ」をお願いしました。

「クリームチーズのたまり醤油漬け」、「サバの冷燻製」、「きんぴらごぼう」、
「玉子焼き」、、、



蕎麦切り 稲おか。[足利市]

そして「青大豆の浸し豆」の5点盛り。
ナニゲにとまらないコリコリ大豆。



蕎麦切り 稲おか。[足利市]

お酢の風味の「しらすおろし」。
こちらもお酒に良く合います♪



[蕎麦切り 稲おか。March. 2020、その2 [足利市]]の続きを読む
上杉家廟所。[山形県米沢市]

山形県米沢市です。
前回の続きであります。「上杉家廟所」。

=== 案内板より ===
上杉家廟所
藩祖上杉謙信公の閟宮を中央にして、
その両側に12代までの藩主の廟が並んでいます。
廟は2代から8代までは社造りで、材質もケヤキを用い、柱は丸柱となっています。
9代から12代までの廟は、10代藩主鷹山公の考案による宝形造りで、
材質もスギやヒノキを用い、柱は角柱と簡素になり、藩の財政事情がうかがわれます。
謙信公の遺骸は、甲冑をつけ甕に納められ、
越後春日山(現新潟県上越市)から会津(現福島県会津若松市)を経て
米沢城へ移され、明治9年に現在の場所に移葬されました。
昭和59年(1984年)1月「米沢藩主上杉家墓所」として、国指定史跡となった。
云々。。。



上杉家廟所。[山形県米沢市]
正面にある「謙信公廟所」。

=== もうひとつの案内板より ===
米沢藩主上杉家墓所
歴代の米沢藩主の墓所で、杉木立の中に整然と廟屋が並び、
市民からは御廟所あるいは御霊屋と呼ばれている。
中央正面奥が戦国時代の名将上杉謙信公の廟で、
上杉氏の移封に伴い、越後春日山から会津若松へ、そして1601年、
米沢城本丸へ移された。さらに明治9年にこの地に移葬され、
墓所全体が現在のように整備された。



[上杉家廟所。その2 [山形県米沢市]]の続きを読む
上杉家廟所。[山形県米沢市]

山形県米沢市です。
上杉神社から車で10分くらいのところにある、
上杉家廟所」です。

こちらは廟所手前にある、上杉家歴代藩主の菩提寺の「法音寺」さん。


=== 案内板より ===
善光寺如来(法音寺)
法音字は上杉家歴代藩主の菩提寺で、
秘仏の善光寺如来三尊像と付属の仏具を安置している。
その来歴は、弘治元年(1555)の第2回川中島合戦の際、
上杉謙信は長野善光寺の仏像・仏具を越後に持ち帰り、
その後上杉家の移封に伴って米沢に移った。


上杉家廟所。[山形県米沢市]

米沢城本丸の謙信遺骸を祀る御堂に安置され、維新後は上杉家で所持、
昭和9年に上杉家から法音寺に納められた。
仏具の金銅五鈷鈴(2個)や金銅五鈷杵には、貞応3年(1224)、
仁治2年(1241)といった鎌倉時代の年号や「善光寺」の銘が刻まれ、
金銅舎利塔(鎌倉時代の作と推定)と共に山形県文化財に指定されている。
云々。。。


11のお寺さんから成る能化衆というのがあったらしいですが、
後で調べてみたいですネ。
それでは。。。



上杉家廟所。[山形県米沢市]

正面の冠木門をくぐって、
ではでは参りましょう。



[上杉家廟所。[山形県米沢市]]の続きを読む